--第62話 戦略の檻
赤黒い空がゆらめき、戦場を覆う魔炎が風に裂けた。
その只中――グラーデン=クロウは、まるで出来上がった勝利図を眺めるかのように、静かに指先を動かしていた。
「戦いとは、可能性の収束だ。
ならば、無駄な未来を切り捨てればいいだけの話だろう?」
黒の軍師の背後で、無数の黒羽が散るように光の点が広がる。
それは兵の配置を示す軍略図のようでありながら、同時に“未来の断片”そのものだった。
——未来予測演算。
——因果干渉網。
その二つが重なり合い、戦場全体を巨大な檻のように囲い込んでいた。
--時すら届かない戦場--
「……おかしい」
ハルヒは瞬時に時間層を切り替え、敵の動きを“遅く”見ようとした。しかし——
視界が歪んだ。
時間を掴むための指先が、何かに弾かれたかのように滑る。
「時間操作が……ズレる?」
ハルヒの驚愕に、リィナが即座に叫ぶ。
「ハルヒ! 私たちの未来軌道が読まれてる!
進む先が、全部あのグラーデンに計算されてる!」
セリアが続ける。
「まるで、私たちの行動そのものが“台本”になってる……!」
——その通りだ。
グラーデンはおもむろに杖を掲げ、戦場に黒い線を刻む。
「君たちの“選択肢”はすべて封じた。
時間操作も、空間跳躍も、魔術の連携も——
因果を縫えば、逃げ場などない。」
黒い線が光り、魔族の主力部隊が一斉に動く。
その動きはまるでひとつの生命。
左右に散る部隊は未来予測の“最適解”軌道を走り、
後衛の魔導兵は英雄側が避ける“数秒後の位置”に魔弾を撃ち込む。
ハルヒたちは、動くたびに追い詰められた。
--戦略網発動--
「囲まれる……! このままじゃ陣形が崩壊する!」
レオンが叫ぶ。
「いえ、もう崩壊しています」
セリアが苦渋をにじませた声で返す。
「私たちが“ここに追い込まれる未来”を、敵が先に計算して配置してる……!」
グラーデンの声が響いた。
「未来とは分岐するようでいて、結局は収束する。
だが……私はその収束点そのものを操作できる」
グラーデンは黒い羽根を散らし、静かに告げた。
「この戦場には、君たちの勝利未来は存在しない。
そのように“編集”しておいた」
——戦略の檻。
その本質は、“不都合な未来の削除”。
敵が勝つ未来だけを残し、他は折り畳まれる。
時間操作を行うハルヒの“介入未来”ですら、進む前に削除されている。
「……だから僕の時間操作が滑るのか。
動く前に、その未来を消されてる……!」
「ハルヒ、まずいわ!
未来が削られるってことは、あなたの“時の起点”も——」
「その通りだ、聖女ミリア」
グラーデンは薄く笑った。
「ハルヒ=クロノス。
君が未来に進むほど、その未来は削除され、
やがて“進む先そのもの”を失うこととなる」
時間の消失——存在の閉塞。
その実感が、ハルヒの背筋を冷たくなぞった。
「なら……ならば!」
ハルヒは剣を構える。
時空剣の刃が淡く光り、時間圧が空気を震わせる。
だがグラーデンは指先ひとつ。
「その行動も、既に視た」
ピタリ。
ハルヒが踏み込む“前の一秒”が削除され、体が遅れたように硬直する。
「くっ……!」
「ハルヒ!」
リィナが駆け寄ろうとするが、魔族の軍勢が未来予測通りに乱れなく動き、進路を完全に塞ぐ。
レオンが叫ぶ。
「囲まれた!? リィナを頼む、突破口を——」
「突破口など存在しない」
グラーデンの身じろぎひとつで、魔族部隊の陣形が変わる。
「存在しない“未来”は、君たちには辿れない。
私はその事実を、ただ演算しただけだ」
まるで神の視座。
勝利だけが積み重なった未来を、多重に重ねているような錯覚。
--それでも、抗う--
「……グラーデン」
ハルヒは、全身が削られるような錯覚の中で、低く呟く。
「未来を削って……因果そのものを塗り替えて……
そんな戦い方、僕たちは認めない」
「認める必要などない。
これは“戦争”だ。感情が入り込む余地などない」
グラーデンは冷徹そのものだった。
だが……その整いすぎた未来には、ひとつだけ“ほころび”がある。
——予測不能な、想定外の反逆。
セリアが声を上げた。
「ハルヒ! ここから抜けるには……
あなたの時間操作を、未来じゃなく“過去方向”に使うしかない!」
リィナも叫ぶ。
「未来が削られてるなら、
過去へ逃げて戦局を組み替えるしかないの!」
ハルヒは目を見開く。
——過去へ。
——未来を拒絶されたなら、時を逆流させるしかない。
「……そうか。
この檻から出る方法は……ひとつだけ」
時の剣に、淡い蒼光が灯る。
「過去へ戻って……
“削られてない未来”を作り直す」
グラーデンの眼がわずかに細められた。
「なるほど。
お前は……“それ”を使うつもりか」
その声に、わずかな警戒が滲む。
ハルヒは深く息を吸い、仲間たちを振り返った。
「みんな……俺が戻る。
数分だけ。
その間に、未来を変えて——グラーデンの檻を破る!」
蒼い風が吹いた。
時間そのものが、ハルヒの周囲に巻きつく。
禁術——《時の逆流》の前兆。
だがその代償は、まだ誰も知らない。




