--第61話 漆黒の軍師グラーデン=クロウ
紅蓮の地平が静まり返った。
炎の揺らぎすら、まるでその男の気配を恐れているかのように萎縮していく。
黒炎を纏う巨影――魔王軍が誇る最凶の知将。
そして“時の使者”の影を宿す者。
グラーデン=クロウ。
彼の視線が、七人の英雄をひとりずつ冷徹になぞる。
ただ見られただけで、胸の奥が凍りつくような錯覚に襲われた。
「……ふむ。噂以上の輝きだ。
剣聖レオン。
聖女ミリア。
風歌リィナ。
拳聖ガルド。
聖弓セリア。
策士ユグノア。
そして――時を弄ぶ少年、ハルヒ。」
ハルヒの眉がわずかに動く。
(……弄ぶ? そんなつもりは……)
だがグラーデンは、何かを確信した声音だった。
「七人の“誓いの儀式”……見事だ。
だが――その未来は、すでに私の掌にある。」
同時に、戦場の空気が揺らいだ。
まるで“未来”そのものが巻き戻り、修正されていくように。
ユグノアが息を呑んだ。
「ま、待て……私の戦略予測が……狂っている?」
彼女の神器《影眼の盤》が青く点滅し、エラーを警告する。
「どうして……? 未来が読めない……!」
ミリアの眼鏡が光を弾き、解析窓が崩れた。
「敵の行動データが……固定されない!
未来の軌道が、観測するたびに……ねじ曲がってる……!」
グラーデンは薄く笑った。
「未来を“読む”……か。
なら、その上を行けばいい。
――未来を『書き換える』のだ。」
その言葉と同時に、
漆黒の魔力陣が戦場に展開する。
因果操作陣形。
無数の線が地を走り、空に立ち昇り、七人の周囲を囲むように編み上げられていく。
ユグノアの顔が蒼白になった。
「……これは……戦場全体を『因果の盤面』に……変えている……!?」
グラーデンの瞳が細められる。
「その通りだ、少女。
英雄たち――
お前たちは、いま私が描いた“未来の檻”にいる。」
その瞬間、敵兵が動いた。
矢が放たれ、魔術が飛び、突撃部隊が次々と英雄たちに迫る。
しかしそれは、ただの攻撃ではなかった。
すべての攻撃が、“当たる未来”に収束していく。
ハルヒが時空剣を振るい、瞬時に未来へ跳んで避けた――
はずが、背後から矢が飛び込み腹部を掠めた。
「っ……!? どうして……!」
レオンの雷閃が敵を断ち切る。
しかし斬ったはずの兵が、別の個体へと“置き換わる”ように姿を変えてレオンの死角へ回り込む。
セリアが矢を射るが、敵兵は“撃たれる未来”から姿を外し、
ミリアの結界が展開される前に魔術が突き抜けてくる。
「……ッ!? ど、どうなってるの……!」
リィナの風が呑み込もうとした瞬間、陣形そのものが“リィナの陣を外す未来”に切り替わる。
七人の連携は、足元から崩され始めていた。
ハルヒの胸に冷たい感覚が走る。
(過去に戻っても……ダメだ。
あいつは未来を書き換える……
“俺の時間操作”が、通じない……!?)
その思考すら、グラーデンは見透かしたかのように言った。
「時間操作。魅力的だ。
だが――それは個人の“選択”を戻す力。
私は違う。
戦場そのものの未来を支配している。」
グラーデンのマントがひるがえり、黒炎が天へ伸びる。
「英雄たち。
お前たちが未来を掴む前に――私は未来を“固定”する。」
次の瞬間、空が裂けた。
《因果束縛陣・第一階層――“確定未来”》
霹靂のような宣言が響く。
英雄たちの行動が遅れる。
“結果”が“原因”を追い越し、攻撃が先に成立する。
七人は初めて――完全に後手へ回った。
レオンが歯を食いしばる。
「チッ……なんて戦場だ……!
俺の雷が、あいつの陣形に吸われてやがる……!」
ガルドの戦斧でさえ、敵の攻撃未来が先に成立し、斧撃に干渉された。
「攻撃が……止められるだと!? 斬る前に“未来”で阻まれてる……!」
セリアの声が揺れる。
「これじゃ……わたしたち……!」
ミリアが叫んだ。
「戦術を――再構築しないと……殺される……!!」
ユグノアの目が炎のように燃えた。
「私が行く……!
未来が読めないなら――『未来を奪われた状況』そのものから読み解く……!」
七人の視線がユグノアに集まる。
ハルヒが時空剣を握り直す。
「ユグノアを護る形にシフトする……!
全員、俺の背中につけ!!」
英雄たちは陣形を切り替えた。
これまでの“攻撃の連携”ではなく――
“戦術を組み立て直すための時間を作る連携”へ。
まだ勝利の線は見えない。
だが、それでも七人は前へ踏み出した。
グラーデンは静かに告げる。
「抗うか……いいだろう。
次は――戦場そのものを、私の思考の中へ押し込もう。」
そして冷笑する。
「ようこそ、英雄たち。
ここからが本当の地獄だ。」




