--第6話「暴風の試練」
校庭の奥に広がる特設演習場――そこは、第一演習場よりもさらに過酷な環境だった。
無数の風車が回り、砂埃が舞い上がる。
突風が吹き荒れ、体勢を崩す生徒が次々と倒れる。
魔法による攻撃だけではなく、自然の脅威をも制御しながら戦う――
これが、今日の課題「暴風の試練」だった。
ハルヒ・クロノスは静かに足を踏み入れる。
剣を握り、手首の古びた時計を軽く触る。
チチ……チチ……
微かな振動が、心臓と同期するように響いた。
「……風か……」
強烈な突風が襲う。木片や砂粒が目や肌を叩きつけ、呼吸もままならない。
だが、ハルヒの動きは冷静そのものだった。
《視覚拡張》《瞬動》《反動制御》《思考加速》――
極限まで鍛えたスキルが、風の中でも正確に機能する。
砂塵の中で、風車の刃の動き、敵の足取り、魔法の軌道を瞬時に把握。
ハルヒはわずかに体を傾け、風の勢いを利用して一歩前に踏み込む。
「……よし、行く」
*
最初の課題は、風の中に潜む模擬魔物の討伐。
竜巻のように渦巻く砂煙の中で、魔物は目視しづらく、魔法も無効化される。
だが、ハルヒはスキルで感覚を補完する。
《瞬動》で風を切り裂き、《視覚拡張》でわずかな動きを捕らえる。
剣を振り、砂煙の中に潜む魔物を次々と討つ。
風は味方にも敵にもなる――だが、ハルヒはそれを完全に制御した。
「……これが、俺の戦場か」
突風が一層強まる。砂塵が視界を遮り、足元の地面が不安定になる。
それでも、ハルヒの動きは止まらない。
スキルの反応速度と連携によって、敵の攻撃は常に外れ、彼の剣は正確に標的を捕らえる。
*
次の課題は、風の中での高速移動を伴う戦闘。
訓練教官が次々と魔法攻撃を仕掛ける。火球、氷結、雷撃――
普通なら風と魔法の同時攻撃で動きが鈍るはずだが、ハルヒは冷静に対応する。
《思考加速》で次の動きを予測し、《反動制御》で身体の負荷を最小化。
《瞬動》で風を味方に変え、剣を振る。
戦場のリズムが、まるで彼の手の中で流れているかのようだった。
「……くっ……次は……もっと早くなる!」
突風に押され、片膝をつく瞬間もあった。
だが、古びた時計の微かな振動を感じると、体が自然に動いた。
時間の流れがわずかに変わったように感じ、風の流れを読み取る――
その感覚が、彼の動きを補強する。
*
試練終了の合図が鳴る。
砂煙が晴れ、演習場に静寂が戻る。
教官たちの目は、ハルヒに釘付けだった。
魔力ゼロで、これほど過酷な試練を乗り越えた者はいなかった。
「……無魔の剣士……驚いたぞ」
教官の一人が、静かに感嘆の声を漏らす。
周囲の生徒たちも、彼の強さに息を飲む。
だが、ハルヒは満足しない。心の奥で、次の感覚が彼を呼んでいた。
チチ……チチ……
古びた時計の微かな振動が、以前よりも強く、はっきりと響く。
「……まだ、何かが起こる」
彼は演習場の中央で立ち止まり、周囲を見渡す。
風は止み、空気は静まり返る。
しかし、心臓に伝わる鼓動のような振動が、次の瞬間を予感させる。
――世界の時間が、今、止まる。
ハルヒの視界がわずかに白く光る。
鼓動に合わせ、周囲の音や動きが静止する。
目の前の世界が、一瞬にして“時が止まる瞬間”へと移行したのだ。
そして、その異変を察知したハルヒは、剣を握りしめる。
これはただの試練ではない――
何か、想像を超えた“次の局面”が、彼を待ち受けている。




