--第59話 灰と焔の空
紅蓮の原野に、空を裂く咆哮が響いた。
黒き炎を纏う《炎翼種》――空の魔族だ。
その数、およそ百。
翼をはためかせるたび、焦土の上に紅蓮の炎が雨のように降り注ぐ。
「くっ……これが、空の支配者……!」
リィナは、精霊歌の羽冠を装着し、風の精霊たちを召喚した!
緑の風が吹き荒れ、炎を押し返すように渦を巻く。
だが、炎翼種の吐息は風さえも焦がす高熱。
空を覆うその群れは、太陽をも呑み込むほどの濃い闇を作り出していた。
「空の戦いは――私たちに任せて!」
白金の髪をなびかせながら、セリアが弓を構える。
光装弓セレスティア
――光射す王女の神器が、完全に覚醒していた。
「リィナ、合わせて!」
「了解っ、風路を開く!」
リィナの指先が走る。
緑風が空を縫うように流れ、嵐の道を形作る。
セリアの弓がその流路に添い、光矢を放った。
――閃光。
光と風が重なり、弾けるように空を切り裂いた。
炎翼種の一団が一瞬で蒸発し、赤黒い羽が雪のように舞い落ちる。
「すごい……!」
ミリアが地上から見上げ、息を呑んだ。
「完全に息が合ってる……あれが、彼女たちの“連携”……!」
セリアは微笑んだまま、次の矢を番える。
「リィナ、次は右の空層――熱流が渦を巻いてる!」
「見えてる!風よ、彼女に道を――!」
嵐が走る。
矢が放たれる。
雷鳴のような衝撃が空を裂き、炎翼種の群れがひとつ、またひとつと落ちていく。
だが――。
「っ、まだだ!下層から来る!」
ユグノアの警告が地上から響いた瞬間、空の裂け目から異形の影が飛び出した。
六枚の翼を持つ、炎翼種の王《イフレド=ヴァーレ》。
燃え盛る身体が灼熱の竜巻を纏い、翼を一振りするたびに大気が燃え上がる。
「な、なんて熱量……!」
リィナが顔を覆う。精霊たちが次々に弾かれていく。
「このままじゃ、空が焼ける――!」
「リィナ、下がって!」
セリアが光装弓を構え、矢の代わりに純光を放つ。
だが、その光でさえ炎翼王の熱波にはかき消された。
炎が空を呑み、風が消える。
絶望の色が広がろうとした、そのとき――。
「――やめろ!」
凍りつくような声が響いた。
地上から跳躍し、紅蓮の空へ駆け上がる影。
それは、時空を裂いて跳躍するハルヒだった。
時空剣が青白く輝き、刃先が空間を切り裂く。
「時間――加速、制限解除。」
世界が、止まった。
炎が凍り、風が沈黙する。
音も光も奪われた静寂の中、ただ一人、ハルヒだけが動いていた。
その足が空を踏みしめるたび、時間の残響が光の破片のように舞う。
「……これが、完全解放……!」
彼の背後で、七つの神器の紋章が淡く共鳴する。
仲間たちの力が時の流れに重なり、彼の剣へと収束していった。
雷の輝き。風の囁き。光の矢。地の重み。
すべてが一本の線に重なり――時空剣が放たれる。
「《時空断裂》!」
刃が閃き、世界が砕けた。
炎翼王の巨体が音もなく裂け、光の粒となって散っていく。
その衝撃波が、紅蓮の空を貫き、灰と焔の雲を吹き飛ばした。
風が還る。
炎が消える。
空が――青を取り戻す。
静かな風の中、リィナとセリアは空に佇んでいた。
互いに視線を交わし、微笑み合う。
「……やっぱり、あの人は……」
「ええ、“時の英雄”だわ。」
地上に降り立ったハルヒの肩に、リィナの風が優しく触れた。
「ありがとう、ハルヒ。……助けてくれて。」
「礼はいい。みんなで勝ったんだ。」
ハルヒの剣はまだ微かに光を放っていた。
けれどその光は、どこか儚く――彼の力の限界を告げているようでもあった。
「……時間を斬る。その代償は、俺の“時間”か。」
その呟きは、誰にも届かなかった。
風だけが静かに吹き抜け、紅蓮の戦場を包み込む。
こうして、空の戦いは終わった。
だが、彼らの戦いは――まだ続く。
遠く、紅く揺れる地平の向こうに、新たな旗が翻っていた。
魔族主力の第二陣、《知将グラーデン》の軍勢が、静かに進軍を開始していた。




