--第58話 紅蓮の前線
黒塔が崩れ落ちてから、わずか三日。
七つの神器をその身に宿した英雄たちは、凍てつく北方を越え、燃える大地《紅蓮原野》へと辿り着いていた。
そこは、地の底から噴き上がるような灼熱の戦場だった。
風は焼け焦げた砂を巻き上げ、遠くで爆ぜる炎が夜空を紅く染めている。
かつて王国の北端を守っていたはずの大地は、今や魔族の主力軍に完全に占領され、焦土と化していた。
七人の英雄は、紅蓮の風の中に立っていた。
ハルヒは赤い空を見上げながら、静かに時空剣の柄に手を添える。
その刃は淡く揺らぎ、空気を裂くように微かな歪みを放っていた。
――時間の境界を断つ剣。
それは、黒塔の最上階で得た“時空の真なる武器”だった。
「ここが……最前線か。」
ガルド=ベルムが低く唸るように言った。
黒鉄の戦斧グラヴォルテスを握りしめるたび、大地が微かに振動する。
「まるで地獄だな。だが、俺たちの戦いはここからだ。」
「敵はすでに布陣済みです。」
ミリア=ルゼリアが眼鏡を押し上げ、解析魔法の光を放つ。
「推定で三万。魔族主力の半数がここに集中しています。」
「まるで“決戦”を待っていたかのようね。」
リィナ=ヴェルセリアが風をなびかせ、精霊歌の羽冠に指先を添える。
緑光が舞い、数体の風の精霊が空を旋回する。
「……嵐の気配がする。ハルヒ、風向きが変わるわ。」
「分かってる。」
ハルヒの声は静かだった。だが、その瞳の奥で光が弾ける。
“時間を加速する”能力が、戦術として磨かれ始めている。
まだ不安定だが、戦局を変える切り札――。
「ユグノア、陣形を。」
「すでに配置済みよ。地形を利用し、敵の侵攻を三段階で分断する。」
策士ユグノア=オルディスが淡々と地図を展開する。
「レオン、先鋒は任せる。ガルドは中央で迎撃。セリア、上空からの援護を。」
「了解。」
「任せて。」
「――行くわよ。」
風が唸り、炎の嵐が広がった。
次の瞬間、地平線の向こうで――魔族の咆哮が響いた。
漆黒の波が押し寄せる。翼、角、炎。地を覆う魔族の群れ。
赤く光る無数の瞳が、一斉に七人を見据えた。
ハルヒは時空剣を抜き放つ。
空間が裂け、光の残滓が広がった。
「――加速、展開。」
風が止まり、音が消えた。
時間が、凍りつくように鈍化する。
だがハルヒの身体だけが、流れるように動いていた。
燃え上がる炎の中を駆け抜け、迫りくる魔族の刃を斬り払う。
その一閃。
剣が空を裂くと、敵の陣形が一瞬で崩れた。
「すげぇ……」
ガルドが唸る。
「まるで時の中を走ってるみてぇだ。」
「無茶はするな、ハルヒ!」
レオンが叫ぶ。雷を纏った剣が唸りを上げ、空に雷鳴が轟く。
「お前の加速はまだ安定してねぇだろ!」
「……分かってる。でも、止まれない。」
炎の中を駆け抜けながら、ハルヒは微笑んだ。
“この戦いは、未来へ続く道の始まり”。
その想いだけが、彼の限界を超えさせていた。
ミリアの眼鏡が閃光を放ち、敵陣の弱点を解析する。
「リィナ、中央三十メートル――風圧を強化して!」
「了解、ウィンド・インパルス!」
風が爆ぜ、炎が吹き飛ぶ。
精霊たちが唄うように旋回し、ハルヒの剣を包み込んだ。
「今だ、ハルヒ!」
「――行く!」
時空剣が白光を放つ。
空気が震え、空間が裂ける。
その斬撃は、まるで“時間そのもの”を断ち切るかのように一直線に伸び――
敵の前線を、完全に切断した。
紅蓮の地に、轟音が響く。
熱と光と戦いの咆哮が混じり合い、英雄たちはその中心で立ち上がっていた。
「押し返せ――!ここが、未来を奪い返す場所だ!」
ハルヒの声に呼応するように、七人の神器が輝きを放つ。
雷、風、地、知、光、弓、そして時。
それぞれの輝きが戦場を照らし、炎の中に七色の軌跡を描いた。
戦いの火蓋は、今、切られた。
紅蓮の空が唸り、焦土が裂ける。
彼らの戦いは――まだ、始まったばかりだった。
そのとき、遠くの空に、不穏な影が浮かび上がる。
漆黒の翼を持つ魔族の上位種が、群れを成して飛来していた。
レオンが剣を構え、歯を食いしばる。
「来やがったな……《炎翼種》どもが。」
紅蓮の戦場が、空へと拡がっていく。
戦いの舞台は、地から――天へ。
そして、次なる戦火の幕が上がる。




