--第52話 逆光の試練
黒塔の第二層――逆光の階層に足を踏み入れた瞬間、七人は身体を突き抜けるような寒気に襲われた。
光は逆向きに流れ、時間そのものが渦を巻く。
足元に落ちた石片は上へと跳ね、風景は前後左右が混ざり合って存在する。
まるで――世界が自らの軌跡を否定しているかのようだった。
「……この空間、異常すぎる」
ガルドの声に、全員が頷く。
彼の拳が震えるほどの圧迫感。
呼吸が重く、動作の一つ一つが時間に引きずられるようだ。
ハルヒは深く息を吸い込み、紋章の光を強くした。
「……落ち着け。流れに逆らうんじゃない。
流れを“読む”んだ」
その言葉に、リィナが肩を寄せる。
「どうやって……?」
ハルヒは手のひらを掲げ、空間を軽く撫でるように動かした。
光の粒子が彼の刻印に呼応し、逆行する時間の波紋を静止させる。
「これで、少しだけ……足場を作れた」
そのとき、空間の奥から影が現れた。
黒い鎧に覆われた騎士の幻影――いや、時間に逆行した過去の戦士たちだった。
彼らは己の歩んだ道を守るため、同じ英雄の姿を借りて立ちはだかる。
「まさか……時間が敵を具現化している……?」
セリアが矢を構え、微動だにしない。
その背後で、ミリアは杖の光を盾のように展開した。
ハルヒは剣を抜き、集中する。
――《スキル・タイムスラッシュ》。
刃が光の軌跡を描き、逆行する騎士たちの動きを切り裂く。
しかし、斬った瞬間に彼らは過去の記憶から再生される。
無限ループの中、時間が抵抗しているのだ。
「これは……戦うだけでは駄目だ!」
ハルヒの瞳が鋭く光った。
彼は刻印を両手で握り、力を集中する。
時の裂け目の奥底――逆流する時間を“読む”ことで、初めて先へ進めるのだ。
ガルドとセリアが共闘し、影の騎士たちの動きを押さえつつ、
ハルヒは前方の時間の流れを指先で“操る”。
光の粒子が旋回し、逆行していた歩みが正しい時間に戻る。
「――これだ!」
ハルヒの声に呼応するかのように、迷宮の光が整列し始めた。
影の騎士たちは少しずつ崩れ、ただの時間の残滓として消えていく。
リィナが驚きの声を上げる。
「ハルヒ……あなた、時間そのものを“押し戻した”の?」
彼は苦笑いで頷いた。
「押すんじゃない。読むんだ。流れを読めば、逆光も味方になる」
セリアが微笑む。
「やはり、第七の英雄……あなたがいると、戦局が変わるわね」
ミリアも杖を下ろし、深く息を吐いた。
「……この迷宮、まだ序の口。
次はもっと深く、私たち自身の“未来”を試されることでしょう」
ユグノアが静かに言う。
「だが、今回の試練で分かったことがある。
ハルヒの判断に従えば、七人は生き残れる――それが最も重要だ」
光が整列した瞬間、塔の第二層の奥に巨大な扉が現れた。
扉には逆光の波紋が刻まれ、まるで時間そのものを映し出している。
「……行こう。次の試練は、この扉の先だ」
ハルヒが手を伸ばす。
七人の足音が重なり、塔の深奥へと消えていく。
逆光の迷宮は、まだその全貌を彼らに見せてはいなかった。




