--第5話「模擬試験・第一演習場」
少し前…
校庭の中心に広がる第一演習場――そこは、魔法、スキル、剣技が同時に試される最難関の模擬戦場だ。
火球が空を裂き、氷結の柱が地面を貫く。雷撃が走り、風の刃が奔る。
魔法社会で頂点を目指す生徒たちは、己の魔力を駆使して戦い、互いに技量を測る。
その中で、魔力を失った“無魔の剣士”ハルヒ・クロノスは、静かに立っていた。
「……よし、開始だ」
教官の号令が鳴る。瞬間、周囲の時間がざわめくように感じた。
魔法陣が煌めき、火球や氷結魔法が飛び交う。
だが、ハルヒには、スキルの感覚が全てを見通す。
《反動制御》《瞬動》《視覚拡張》《思考加速》――
極限まで鍛え上げた全スキルを連鎖させ、動き出す。
*
最初の相手は、学院でも有数の魔法使い。
巨大な火球を放ち、周囲の生徒を震え上がらせる。
しかし、ハルヒの剣先は冷静に火球を裂き、速度と軌道を完璧に読み切る。
「……火球か。二段軌道で逃げると見せかけて、横斬――!」
火球は正確に二つに分かれ、地面に落下する。
観客席の生徒たちの間に、ざわめきが広がった。
「……あの速度で、あの正確さ……無魔の剣士か」
呟きがいくつも漏れる。
魔法社会で育った者にとって、魔力ゼロでの圧倒的戦闘力は異端だった。
*
次の課題は複数の敵を相手にする討伐戦。
氷結、火球、雷撃――あらゆる魔法攻撃が降り注ぐ。
普通なら体勢を崩す一撃も、ハルヒは冷静だった。
《瞬動》で飛び、《視覚拡張》で弱点を見抜く。
《反動制御》で全身の負荷を吸収し、《思考加速》で次の行動を即座に計算する。
連続攻撃を連鎖させ、敵の魔法を切り裂きながら倒していく。
周囲の生徒たちは圧倒され、教官たちも驚きの声を漏らす。
魔力ゼロで、スキルだけで戦場を支配する――それが、無魔の剣士ハルヒの姿だった。
*
だが、戦いは順風満帆ではなかった。
最後の模擬敵は、時間操作のスキルを持つ上級生。
攻撃の速度が不規則で、ハルヒの計算をかき乱す。
バランスを崩し、わずかに足を滑らせる瞬間、全身に衝撃が走った。
「……くっ!」
通常のスキル連携だけでは対応しきれない。
だが、ハルヒは冷静に古びた時計に手を伸ばす。
微かな振動を感じ、集中を高める。
「……時間の歪みか。よし……反応する」
手首の時計がかすかに光る。
体感速度がさらに高まり、敵の攻撃の軌道が明確になる。
彼は再び剣を振り、上級生の攻撃を破る。
「これが……俺の戦い方だ」
鐘が鳴り、第一演習場の試験は終了した。
倒れた敵も、残った魔法使いも、息を切らし、ハルヒを見上げる。
この日の模擬試験で、無魔の剣士は学院中にその名を知らしめた。
*
試験後、ハルヒは時計を手に取り、深呼吸する。
チチ……チチ……
振動は変わらず、微かに耳に響く。
ただの時計ではない――それを、彼は確信した。
「……次は、もっと強い敵が来るかもしれない」
心の奥底で予感する。
午前の試験で感じた、微かな時間の歪み。
この感覚は、まだほんの序章に過ぎない。
遠くから風が吹き、校庭の旗が大きく揺れる。
その風の先には――これから彼を試す“暴風の試練”が待っていることを、誰も知らなかった。




