--48話《時を越える絆》
朝陽が昇りきった。
氷原に立つ七つの影を、淡い金色の光が照らす。
夜明けとともに凍光の儀式は終わり、時間の乱れもようやく静まりを見せていた。
ハルヒは、雪の上に腰を下ろしながら息をつく。
胸の奥にあった痛みが少しだけ和らぎ、かわりに温かな鼓動が宿っていた。
――これが、“仲間と共にある時”という感覚なのだろうか。
「やっと少し、落ち着いた顔になったじゃない」
そう言って、セリアが微笑みながら近づく。
王女でありながら、戦場では誰よりも気丈に振る舞う彼女の瞳には、もう迷いがなかった。
「あなたの時間が止まるのは、世界があなたを試しているからよ。
でも――その試練は、もう一人で背負わなくていいの」
「……セリア」
その柔らかな笑みに、ハルヒも小さく頷いた。
野営地を出た一行は、北の氷原を南東へ進んでいた。
黒塔から吹き荒れる暗雲が空を覆い、地平線の先に薄く黒い線を描く。
それが、次の戦場――“ノーザリア黒塔”だった。
道の途中、リィナが歌うように口を開いた。
「風が変わったね。氷の匂いが薄くなってきた。……春の兆しかも」
「こんな凍土に春があるのか?」とガルドが笑う。
リィナは肩をすくめて言った。
「あるよ。心に、ね」
その言葉に、誰もが微笑んだ。
戦いの中でさえ、彼女の声だけはいつも春風のように柔らかかった。
ミリアが地図を広げ、進路を確認する。
「このまま黒塔の北麓へ。道は険しいけど、今なら吹雪も弱い。――今が動く時よ」
「時間が、許してくれるうちにな」
ハルヒがそう呟く。
彼の手の紋章が、再び淡い光を帯びていた。
それはまるで、彼の内に流れる“時”が、他の六人の鼓動と共鳴しているようだった。
レオンが前に出て、振り返らずに言う。
「……ハルヒ。お前が“第七の英雄”ってのは、もう誰も疑ってねぇよ」
「俺たちはお前の剣だ。お前の時を、全員で繋ぐ」
ガルドが腕を組み、うなずいた。
「そうだ。お前の力が暴走しようが、時が止まろうが関係ねぇ。
俺たちが動いてる限り、お前は世界の中心にいる」
「……ありがとう」
ハルヒの胸に、熱が宿った。
言葉にできない何かが、心の奥で確かに形になりつつある。
それは、戦友としての信頼を越えた“絆”だった。
過去も未来も越え、ただ今この瞬間を繋ぎ合うもの。
日が傾き始めるころ、一行は黒塔の麓にたどり着いた。
空気は重く、地面からは黒い瘴気が立ちのぼっている。
ユグノアが古びた書をめくりながら、険しい声で言った。
「……この塔の結界、時の魔法が絡んでいる。おそらく、“異界の時間”が流れている」
「また時間か……」
レオンが眉をひそめる。
ミリアが静かにハルヒの肩に手を置いた。
「あなたの力なしには、この結界は解けない。けれど――それはまた代償を伴う」
「構わない」
ハルヒはきっぱりと答えた。
「俺はもう、逃げない。俺の時間が削られても……この世界の時を守る」
リィナが、凍える空気の中で静かに歌い始めた。
その歌声は、雪と風の音を包み込み、仲間たちの胸に届く。
セリアが聖弓を掲げ、声を上げた。
「――七人の誓いを、今ここに!」
その瞬間、雪原に光の輪が広がり、七つの紋章が共鳴する。
風が止まり、黒塔の闇が一瞬だけ揺らいだ。
ハルヒが剣を握る。
「行こう。これが……俺たちの“時を越える絆”だ」
――七人の影が、黒塔の闇へと足を踏み入れた。
それは新たな戦いの始まり。
そして、過去と未来を繋ぐ真なる旅の第一歩だった。




