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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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--第46話 消えた記録、残る誓い


 灰白の空が、薄く雪を落としていた。

 北方戦線を離れ、遠征軍は凍てついた山脈を越えようとしている。

 風が頬を刺すたび、誰もが無言のまま歩を進めた。


 その列の中で、ひときわ静かな影があった。

 ハルヒ。

 彼の背には、まだ戦いの痕が残る。

 腕の刻印は布で覆われ、そこから微かに淡い光が漏れていた。


 「……また、光ってる」

 隣を歩くリィナが心配そうに覗き込む。

 「痛くはない?」

 「痛みはない。ただ……時間が、少し重く感じる。」

 ハルヒの声は低く、それでも笑みを絶やさなかった。


 彼の中で、何かが確実に進行していた。

 “時の力”の反動。

 それは彼の身体を削る代わりに、仲間を守るための“代償”だった。



 夜、作戦本部のテント。

 ユグノア、レオン、ミリア、リィナ、ガルド、セリ アが地図を囲んでいた。

 次の目的地――黒き塔ノーザリア。

 そこには魔族の残党が集結し、新たな前線の要を築いているという。


 「氷牙戦と城塞都市戦の被害は最小限。だが……記録の一部が消えている」

 ユグノアの声は冷静だった。

 「戦闘記録だけじゃない。昨日までいたはずの斥候隊員の報告書も存在しない。」


 ミリアが眉をひそめた。

 「時のゆがみ、ね……ハルヒの刻印と同調してる可能性があるわ」

 「つまり、彼の“力”が過去の記録を上書きしてる?」

 レオンが問う。

 「……無意識に。」


 その言葉に、リィナが強く机を叩いた。

 「なら、彼を責めることなんてできない! ハルヒは、あの凍てつく戦場で私を助けたのよ!」


 ミリアは静かに頷いた。

 「誰も責めていないわ、リィナ。

  私たちは“彼の存在”を、記録ではなく“記憶”で繋げばいい。」


 その言葉に、テントの中の空気が変わった。

 ユグノアが新しい巻物を取り出す。

 それは“魔力の記録”ではなく、“誓いの契約書”。


 「……ならば、我々自身が証明すればいい。

  誰が何を消そうと、我々が覚えている限り、彼はここにいる。」


 レオンが頷き、剣を抜いた。

 「戦士の誓いとして、刻もう。」


 そして、ミリアが祈りを捧げ、リィナがその場で小さく歌う。

 淡い光が契約書を包み、風が静かに舞い上がった。


 ――“信頼の誓約”。


 それは、魔法でも記録でもない。

 心が選んだ“絆の証”だった。



 その夜、ハルヒは遠く離れた丘で星を見上げていた。

 彼の刻印が、ふと微かに温かく感じた。

 胸の奥で、何かが静かに共鳴している。


 「……あいつら、また何かしたな」

 苦笑しながら呟く。


 リィナの歌声が、風に乗って微かに届いた。

 凍てついた空気の中で、その音は確かに彼を呼び戻していた。


 “信じられている”。


 それが、何よりの力だった。

 彼は刻印を見つめ、ゆっくりと拳を握った。


 「この時間を、絶対に手放さない。」


 風が静かに吹き抜けた。

 その瞬間、彼の刻印の光が穏やかに収まり、

 世界の“時”が少しだけ安定した。



 翌朝。

 ノーザリアの山影が見え始めた。

 黒鉄の塔を覆う霧が、まるで息をするように脈動している。


 ユグノアが前線を見渡し、冷静に指示を飛ばす。

 「ハルヒは中隊支援として随行。時間操作の行使は最小限に。

  ……だが、必要な時はためらうな。」


 レオンが笑う。

 「つまり、“信頼してる”ってことだな。」


 ユグノアは肩をすくめた。

 「そう受け取ってくれて構わん。」


 ――その時。

 ハルヒの刻印が一度だけ脈打ち、微かな声を響かせた。


 “ありがとう”。


 その声を、誰も聞いていなかった。

 ただ、冷たい風の中で、仲間たちの歩調だけが揃っていた。


 その足取りが――第七の英雄の証へと、確実に続いていた。




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