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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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43/51

--第43話 凍れる残響


 白い世界が、ゆっくりと溶け始めていた。

 北方戦線が終結してから七日。

 ハルヒたちは南東へ進軍し、王都アルグリアからの再編命令を待っていた。


 凍てつく雪原の中、

 小さな焚き火の周りで、六人の英雄たちは束の間の休息を取っている。

 吹雪の音に混じって、リィナの柔らかな歌声が流れていた。


 その歌は、まるで氷に閉ざされた空を解かすようだった。

 透き通る旋律が風と混ざり、

 夜の帳をやわらかく照らす。


 「……相変わらず、綺麗な歌だな」

 ハルヒは焚き火の向こうで微笑んだ。

 リィナは少し頬を染めながら、肩をすくめる。

 「ありがとう。でも、ちょっと調子が変なの。

  空気が……違う気がするの。音が揺れてるっていうか――」


 「揺れてる?」

 ミリアが顔を上げた。

 リィナは目を細め、遠くを見つめる。

 その瞳に映る雪原の果て――

 そこに、微かに“歪んだ光”があった。


 風が止まり、静寂が落ちる。

 焚き火の炎が一瞬、逆流するように揺らいだ。


 「……今の、見たか?」

 「見た。炎が、逆に流れた」

 レオンが立ち上がり、剣の柄に手をかける。

 「魔族の仕業か?」

 「違う。これは……時の揺らぎだ」

 ユグノアが低く呟いた。

 その眼鏡の奥の瞳が、何かを計算するように動いている。


 ハルヒは無意識に手を見下ろした。

 掌の“時の紋章”が、再び微かに熱を帯びていた。

 まるで、この世界そのものが呼応しているように。


 「まさか……俺のせいなのか?」

 「どういう意味だ?」レオンが問う。

 「……俺が、時を戻した。ほんの少し、だけど。

  でも、その結果――世界が……変わってる気がする」


 沈黙。

 焚き火の音だけが、やけに大きく響いた。


 ミリアがゆっくりと立ち上がり、雪を踏む音を響かせる。

 「“変わってる”って……どういうこと?」

 「昨日通ったはずの谷が、地図に存在しなかった。

  俺の記憶にはあるのに、他の誰も覚えてない」

 「……つまり、時間の“修正”が起きている」

 ユグノアが静かに言葉を継ぐ。

 「おそらく、時を戻したことで“別の現実”が上書きされた。

  その際、我々の一部だけが“前の時間”を覚えている……」


 「俺だけが……その記憶を持ち越してるのか」

 ハルヒは雪を握りしめた。

 指の間で溶けた水が、冷たく皮膚を伝う。

 “時間の罪”という言葉が、頭をよぎった。


 リィナが小さく首を振る。

 「違う。あのとき、ハルヒが時を戻したから……

  私、生きてる。だから、それでいいの」

 「でも代わりに、世界が――」

 「世界なんてどうでもいいわ。私は、あなたを信じる」


 その言葉に、ハルヒは息を詰まらせた。

 けれど、返す言葉が見つからない。

 その瞬間、雪原の奥で――“音”が響いた。


 それは、氷が砕ける音でも、風の唸りでもない。

 “鐘の音”だった。

 低く、重く、そして懐かしい音。


 「……鐘?」

 「こんな場所に、鐘なんて……」

 レオンが周囲を見回す。

 しかし、雪原には何もない。

 音の出所が掴めないのだ。


 「いや、これは“残響”だ」

 ユグノアの表情が険しくなる。

 「過去の時間が、現在に混ざっている。

  つまり、“凍れる時の層”が崩れ始めているということだ」


 「……それって、どうなる?」

 ガルドが低く問う。

 ユグノアは答えず、遠くを見据えた。

 雪の向こうに、巨大な影が浮かび上がっていた。


 黒い尖塔。崩れた城壁。

 それは――存在しないはずの都市だった。


 「……ありえない。あれは、二百年前に滅んだはずの……」

 「見えてるのか?」ハルヒが問う。

 「見えている。だが、現実ではない」

 「時間の断層に現れた“過去の都市”。

  この世界が、少しずつ壊れ始めているのよ」ミリアが震える声で言った。


 ハルヒの掌が、再び灼けるように熱を帯びる。

 雪の上に落ちた光が、まるで血のように赤く染まった。

 針の音が――また聞こえる。

 カチリ、カチリ。


 「……時間が、俺を呼んでる」


 彼の瞳に、あの黒い塔の影が映った。

 吹雪の奥で、ひとつの声が響く。


 『時を刻む者よ――なぜ、世界を乱す』


 誰の声でもない。

 だが確かに、“過去の中の何か”がこちらを見ていた。


 ハルヒは息を呑み、懐中時計を握りしめる。

 光の針が動き出し、周囲の時間が再び歪む。

 リィナが叫んだ。

 「ハルヒ! もうやめて!」

 「違う、これは……俺が動かしてるんじゃない! “時間の方”が――!」


 風が巻き、世界が反転した。

 雪原が波打ち、焚き火が空へ吸い上げられる。

 六人の英雄たちの姿が、光に飲み込まれていく。


 そして――世界は、白い静寂の中に沈んだ。




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