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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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42/50

--第42話 代償の始まり ―


北の風は、未だに冬の牙を抜いていなかった。

 夜が明けても、空は灰色のまま凍りついている。

 

 瓦礫に覆われた街並み。

 凍てついた噴水の縁に腰を下ろし、

 ハルヒは手の中の“割れた懐中時計”を見つめていた。


 ――あの日、時間を戻した。

 誰も死なせなかった。

 けれど、その夜以来、体の奥で何かが軋む。

 まるで、自分の鼓動のたびに“針”が進んでいくような感覚。


 (……何を削ってる? 時間? 命? それとも――記憶か)


 冷たい風が髪を撫でる。

 掌に残る金色の紋章――“時の傷跡”が微かに光った。

 その光は痛みと共に、彼の中で小さく燃えている。


 「ハルヒ……また、眠ってないのね?」


 背後から声がした。

 ミリアが毛布を肩にかけたまま、

 凍った地面を歩いてくる。

 夜明け前の光に、彼女の白金の髪が淡く反射した。


 「……眠れなかったんだ」

 「無理もないわ。あんな戦いのあとだもの。でも、あなた……」


 ミリアはそっとハルヒの手を取った。

 その指先に触れた瞬間、息を呑む。


 「……冷たい。血の気が、ないじゃない」

 「平気だ。ちょっと疲れてるだけ」

 「嘘。あなた、何か――“力”を使ったのね」


 ハルヒは黙っていた。

 答える代わりに、懐中時計を閉じる。

 金属が擦れる小さな音が、

 まるで心の奥を突くように響いた。


 「……時間を、戻したんだ」


 その言葉に、ミリアの瞳が大きく揺れた。

 「まさか……そんなこと……」

 「三日前の戦場へ。リィナを救うために」

 「それで、あなたの腕までにその紋が?」

 「たぶん、代償だ」


 ミリアは震える指で、彼の掌の紋章をなぞる。

 光が脈打つたびに、ハルヒの呼吸が乱れた。

 まるで、誰かが体内の“時間”を削っているかのように。


 「やめて! もう使わないで!」

 ミリアの声は震えていた。

 「そんな力……あなたを壊すわ」

 「でも、誰かを救えるなら――」

 「違う! 救うたびに、あなたが消えていくのよ!」


 その叫びに、ハルヒの胸の奥が痛んだ。

 彼は何も言い返せなかった。

 リィナの笑顔が脳裏をよぎる。

 そして、あの日救えなかった無数の命も。


 ミリアは俯いたまま、小さく呟いた。

 「……“時”は、神の領域。触れてはいけないの」

 「わかってる。でも、止められない」

 「ハルヒ……あなた、少しずつ消えてるのよ」


 その瞬間、風が止んだ。

 周囲の雪がふわりと宙に浮かび、音が消える。

 ハルヒの体から、淡い金色の光が溢れ始めた。


 「……っ、これは――!」


 視界が揺らぐ。

 手足が痺れ、意識が遠のく。

 彼の中の“時間”が、逆流を始めたのだ。

 瞳の奥に、無数の光景が流れ込む。

 過去、未来、そして――“失われた瞬間”。


 「ハルヒ! しっかりして!」

 ミリアが抱きかかえる。

 しかしその腕の中で、ハルヒの輪郭が揺らいでいく。

 まるで、風に溶ける霧のように。


 「……見えるんだ。過去が……未来が……」

 「もういい! 見なくていいの!」

 「でも、ミリア。俺、ようやくわかったんだ」

 「何を――?」

 「“時を動かす”ってことは、“命を動かす”ってことなんだ……」


 彼の言葉と同時に、懐中時計の針が再び動いた。

 カチリ、と音が鳴る。

 世界の流れが戻り、雪が再び落ちる。

 光も、音も、風も――元通り。

 ただ、ハルヒの掌の紋章だけが、赤く焼け焦げていた。


 「ハルヒ!?」

 「……大丈夫。少し……時間を使いすぎただけだ」


 その笑みはどこか、儚かった。

 ミリアは何も言えず、ただ彼の手を握りしめる。

 凍てつく空の下、

 夜明けの光が二人を包み込み、

 その中で――時計の針が、静かに止まった。




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