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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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40/50

--第40話 刻の残響 ― 残された力 ―


 ――氷雪の戦いが終わって、三日が経った。


 北の空はまだ晴れない。

 重く垂れ込めた灰雲が、太陽の光を拒むように広がり、

 吹きすさぶ風は凍てつく息を吐きながら、

 雪解けの気配さえも押し潰していた。


 レヴナ・フォートから脱出したハルヒたちは、

 北方補給拠点ノルデに身を寄せていた。

 テントの隙間から覗くのは、戦いの痕を残した兵たちの背中。

 彼らの手には包帯、目には疲労、

 それでも、その瞳には微かな希望が宿っている。


 「……リィナの容体は?」

 焚き火の前に座るミリアに問うと、

 彼女は静かに微笑んで頷いた。

 「安定しているわ。あなたのおかげね、ハルヒ」

 「俺は……ただ、間に合っただけだよ」

 言いながら、ハルヒは手のひらを見つめた。

 あの砦で戦った時の、焼けるような痛み。

 リィナを抱えて駆け抜けた、時間の歪みのような感覚。

 それが、いまだ皮膚の下に残っていた。


 ――あのとき、確かに「時」が止まった。


 魔族の将バルデンの一撃が迫った瞬間。

 世界の音が消え、炎が凍り、雪片が宙に留まった。

 その中で、ハルヒだけが動けた。

 まるで、誰かが“彼だけの時間”を動かしているかのように。

 そして気づけば、敵の剣は砕け散り、リィナの鎖も消えていた。


 あれは――偶然ではない。

 確実に、“何か”が働いた。


 その夜。

 ハルヒは眠れなかった。

 凍える風の音を聞きながら、彼は古びた時計を取り出す。

 あの露店で買った、奇妙な懐中時計。

 針は止まったまま――そう、千年前に飛ばされてから一度も動かなかったはずだ。


 だが今、その針が――。


 「……動いてる?」


 カチリ、と。

 微かな音が、静寂を切り裂いた。

 秒針が、一瞬だけ進んだのだ。

 ハルヒの指先が震える。

 時計の外装に、淡い光が宿る。

 その輝きは冷たくも温かく、

 まるで“時そのもの”が鼓動しているようだった。


 次の瞬間、視界が歪む。

 焚き火の炎が逆流するように逆再生し、

 風の音が戻り、雪が空へ昇っていく。

 ――時間が、巻き戻っている。


 「やめろ……!」


 思わず叫んで時計を握りしめる。

 光は一瞬で消え、夜が戻った。

 汗が額を伝う。

 彼の胸の奥で、鼓動が早鐘のように鳴っていた。

 ほんの一瞬。

 だが確かに、時間は“動いた”。

 あの力――砦で感じた異変。

 それは、この時計が起点だったのか。


 「……俺に、何が起きている?」


 誰に問うでもなく、呟く。

 しかし夜は答えない。

 ただ遠くで、風が凍てついた地を滑るように唸った。


 ふと、リィナの寝息が聞こえる。

 穏やかな安らぎの音。

 その音に、ハルヒの胸の奥で何かが落ち着きを取り戻した。


 ――守れた。

 だが、これから先も同じように守れるだろうか。

 この“時間を歪める力”が、また暴走したら?


 掌の中の時計が、再びわずかに光る。

 その中心で針がわずかに進む音が、彼の耳に届いた。


 カチリ――。


 それはまるで、

 「まだ終わっていない」と告げる、時の声だった。




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