--第4話「古びた時計」
朝の光が校舎の窓から差し込み、長い廊下を淡く染めていた。
聖グラン騎士学院の昇格試験は、午前は模擬戦を、午後は個別課題となっていた。
ハルヒ・クロノスは、校庭の喧騒を背にしながら、自分の足取りで歩く。
頭の片隅には、昨日露店で手に入れた奇妙な時計のことがあった。
小さな金属の塊。文字盤は割れ、針は止まったまま。
だが、手に取ると微かに振動を感じ、時間の流れが自分だけ違うかのような感覚に襲われる。
他の生徒には感じられない、妙な存在感――それが、ハルヒの心を掴んで離さなかった。
「……どういう力なんだ、この時計は」
手首に握りしめ、彼は歩を進める。
昇格試験の第一課題――模擬戦用の第一演習場は、校舎の裏手にある広大な訓練フィールドだ。
そこでは、魔法・スキル・剣技を組み合わせた戦術が、教官によって徹底的に試される。
校庭を抜けると、早くも仲間の生徒たちが集まっていた。
火球が舞い、氷柱が立ち、風の刃が走る――午前中の魔法演習とは異なる緊張感が辺りを包む。
魔法社会の頂点を目指す者たちの視線が、ハルヒに注がれる。
「……さて、行くか」
古びた時計を握りしめ、心を整える。
魔力を失った自分に残されたのは、スキルだけ。
そして、今日はそのスキルを“見せる日”でもある。
*
第一演習場に到着すると、教官の号令が響いた。
「全生徒、集合! 模擬戦・第一演習場、開始!」
地面に魔法陣が浮かび、火球や雷撃が飛び交う中、ハルヒは剣を握る。
魔法を使えない彼にとって、戦場は全て計算の対象だ。
《反動制御》《瞬動》《視覚拡張》《思考加速》――
これまで磨き上げた全スキルを、連携させる。
火球が迫る。彼は剣を振り、炎を斬る。
氷結の術が地面を覆う。ジャンプで飛び越え、踏み込みながら敵の虚を突く。
雷撃は、微妙な距離調整でかわす。
時間のわずかな“歪み”を読み取り、敵の次の行動を先取りする――
「……これが、俺の戦い方だ」
誰も理解できない速度と正確さ。
観客席の生徒たちは息を飲む。
魔法で圧倒できるはずの相手を、無魔の剣士が完全に制していた。
*
休憩中、ハルヒはポーチから時計を取り出した。
指で文字盤をなぞる。止まった針の下で、微かに振動が続いている。
「……時間が、微妙に……違う」
体感として、世界の流れがわずかに変化しているのだ。
魔法が支配する世界で、スキルだけの自分が、この“時間の歪み”を感じられる――
それが、どれほど貴重で、どれほど危険なことか、ハルヒはまだ知らない。
「ハルヒ、何をしているの?」
幼馴染のセリナの声で我に返る。
魔法で光る瞳が、心配そうに彼を見つめる。
だが、ハルヒは軽く笑う。
「……ちょっと、準備運動さ。午後の演習に備えてな」
セリナは眉をひそめたが、口には出さない。
今の彼の集中力と雰囲気を理解できる者は、ほとんどいなかった。
そして午後の演習が始まる――
古びた時計が、手の中でわずかに振動する。
チチ……チチ……と、まるで次の戦いを告げるかのように。
――ハルヒの戦いは、すでに始まっていた。




