--第39話 帰還の道 ― 白き脱出戦 ―(続)
――雪原の風が、すべてを凍らせていた。
リィナの足がもつれ、白い地面に倒れ込む。
その手から、淡い光の結晶がこぼれ落ちた。
彼女の唇が震え、かすかな声が漏れる。
「……もう、だいじょうぶ……外に、出られたから……」
「リィナ!? おい、リィナ!」
ハルヒは雪に膝をつき、彼女の身体を抱き上げた。
その胸元――微かに灯っていた鼓動が、静かに止まっていく。
「……嘘だろ……こんなところで……!」
彼の指先が震える。
握りしめた掌の中、時の刻印が淡く輝き始めた。
光の中で、砕けたはずの“時計の針”が形を取り戻す。
――聞こえる。
遠い鐘の音。
時の歯車が、逆向きに回る音。
「……戻れ……戻れぇっ!」
ハルヒの叫びと共に、世界が弾けた。
雪片が逆流し、崩れた砦の破片が宙へ舞い戻る。
時間が巻き戻っていく。
彼の意志だけを軸に、世界が逆再生されていた。
――数十秒。
リィナの倒れる直前へ。
「ハルヒ、もう少し……!」
彼女が息を切らしながら笑った瞬間、ハルヒはその手を掴み、叫んだ。
「もう喋るな! ……俺たちは生きて帰るんだ!」
そのまま彼はリィナを抱え、最後の力で雪原を駆け抜けた。
背後では、再び砦が崩れる。だが今度は間に合う――。
視界の先に、光が見えた。
それは救援の松明。仲間たちの灯りだった。
「――ハルヒだ! 生きてるぞ!」
叫び声が上がる。
吹雪の向こうから駆け寄ってきたのは、レオン、セリア、ガルド、ユグノア、そしてミリア。
5人の仲間が雪を蹴り、二人のもとへ辿り着いた。
ハルヒはリィナを抱きしめたまま、息を荒げていた。
ミリアの治療が間に合った!
リィナの胸に再び鼓動が戻り、薄く開いた瞳が彼を見つめる。
「……あったかい……また、戻ってこれたね……」
ハルヒは答えなかった。
ただ、彼女の手を強く握りしめる。
その掌の中で、砕けたはずの時計の針が、静かに時を刻んでいた。
――時間は、彼に選ばせたのだ。
過去を拒むか、未来を紡ぐか。
その答えを持つ者として。
白い夜に、鐘の音が響く。
それは、千年時計の継承者が初めて刻んだ、“時の奇跡”だった。




