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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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35/50

--第35話「失われた城塞都市 ― レヴナ・フォート 」


 氷雪の戦いから三日後。

 北の空は、いまだ曇天に閉ざされていた。

 風は冷たく、凍てつく息を吐くたびに視界が白くかすむ。

 ハルヒたちは、荒れ果てた北の大地を進んでいた。


 氷牙王ヴァルザードを討ち果たし、北方前線の脅威を退けたはずだった。

 だが勝利の影には、ひとつの報せが落ちていた。

 ――リィナが、消息を絶った。


 探索に出ていた風の歌姫が、雪嵐の夜を境に姿を消した。

 最後に残された痕跡は、北の古城跡――かつて「レヴナ・フォート」と呼ばれた都市跡だった。

 それは千年前の戦乱で滅びた要塞都市。

 今では、魔族軍の一部が再占拠し、暗黒の砦と化しているという。


 「……俺が行く。」


 夜営地の幕を閉じたまま、ハルヒはそう言った。

 止めようとするレオンやガルド、ユグノアの声を背に、彼は冷えた風の中へ歩き出す。

 仲間を危険に晒すわけにはいかなかった。

 そして、リィナを囮にするような敵の策略に乗るわけにも――。


 雪に沈む大地を、ひとり歩く。

 氷の結晶が鎧を打つたび、かすかな音が夜に溶けた。

 彼の胸の奥では、焦燥と決意が交錯していた。


 「リィナ……必ず、助ける。」


 その言葉だけが、凍てつく夜を貫く炎のように彼の中で燃えていた。


 やがて、視界の先に見えた――黒い影。

 崩れかけた外壁。

 凍結した吊橋。

 風に軋む音が、まるで何かが彼を呼んでいるように響く。


 レヴナ・フォート。

 かつて人間が築き、魔族に奪われ、そしていまは沈黙の砦。

 その内部には、無数の魔物と、ひとりの将――〈血刃のバルデン〉が潜んでいると噂されていた。


 ハルヒは手を伸ばし、腰の短剣に触れる。

 空気が張り詰める。

 次の瞬間、彼は影の中へと身を沈めた。


 氷の城壁をよじ登り、崩れた塔の影に身を隠しながら、冷たい視線で奥を探る。

 魔族たちの巡回。

 罠の光。

 そして――リィナの微かな魔力の痕跡。


 「……いた。」


 ハルヒの瞳が鋭く光る。

 その先にあるのは、閉ざされた礼拝堂。

 氷の鎖に囚われ、静かに倒れている少女の影。


 彼は息を整えた。

 闇と雪に覆われた城塞を、一歩ずつ、音もなく進む。

 救出まで、あと少し。

 だがその瞬間――。


 「来たか、人間。」


 礼拝堂の扉の前。

 黒い鎧の巨影が立ちはだかった。

 漆黒の魔力が吹き荒れ、氷の床が軋む。


 〈血刃のバルデン〉――魔族将軍。

 リィナを囚え、ハルヒを誘い出すために仕組まれた罠の主。

 その双眸が紅く燃え上がる。


 「一人で来るとは、実に愚かだ。だが――勇敢だな。」


 ハルヒは言葉を返さず、ただ剣を抜いた。

 刃に映る炎のような光が、夜の闇を裂く。

 雪が舞い、風が唸る。

 そして――静寂が切り裂かれる。


 「……俺は、誰も失わない。」


 次の瞬間、二つの影が衝突した。

 刃と刃が火花を散らし、砦の奥へと響き渡る。

 その戦いが、長き城塞の沈黙を破る――始まりの音となった。




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