表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/50

--第32話「氷雪の牙 ― 北方前線③ 」


 ――夜明けはまだ遠い。

 北方戦線の空は、鉛色の雲に覆われ、雪は止むことなく降り続けていた。

 風の唸り声と、遠くで響く金属音が、戦場全体を不気味に震わせている。


 「……魔族の動きが変わってる」

 ハルヒは薄暗い雪嵐の中で、時計の針に触れた。

 時の鼓動が、微かに震えている。

 敵はもはやただの氷雪の獣ではない――

 彼らの中には“氷牙族ひょうがぞく”と呼ばれる上位魔族が混ざり、戦線に知性を持ち始めていた。


 「後方の補給路を狙ってきてるわね……ユグノア、どう見る?」

 通信魔法越しに呼びかけると、低く落ち着いた声が返る。

 「敵は我々の補給拠点を断ち、長期戦に持ち込むつもりだ。

  だが、それはこちらの得意分野ではない。――彼らは冬に強い」


 ハルヒは一瞬目を閉じた。

 風が頬を刺す。だが、その痛みが彼女を目覚めさせる。

 「じゃあ、短期決戦に切り替える。ガルド、左翼を押し広げて!」


 「了解だ!」

 獣人戦士ガルド・ベルムが吠えた。

 その咆哮は戦場を震わせ、味方の士気を瞬時に高める。

 氷に覆われた大地を踏み砕きながら突撃し、雪煙の向こうで氷牙族の群れと激突。

 「この程度で俺たちを止められるかよ!」


 鈍い音と共に、戦斧が魔族の鎧を砕く。

 雪が血に染まり、霧のような赤が吹雪に溶けて消えていく。

 彼の背後から、ミリアの光が広がる。

 「傷はすぐ癒えるわ、ガルド。無茶しすぎないで!」

 「へっ……これくらいで止まるタマじゃねぇ!」


 彼らの奮闘を視界に収めながら、ハルヒは高台の指揮塔から戦場全体を俯瞰していた。

 雪上に展開する魔族軍はおよそ三千。

 対する人間軍は千五百。数では劣るが、ハルヒのスキル《戦術同期》とユグノアの戦略指揮がその差を埋めていた。


 「中央に隙が生まれる……!」

 ハルヒは手を伸ばし、時計の針を回す。

 世界がわずかに歪む。

 時間が――一瞬だけ、加速する。


 周囲の雪が凍りついたように静止し、次の瞬間、彼女の部隊がその間を駆け抜けた。

 兵士たちの足音が二重に重なる。

 時間を制御することで、敵の“動きの予兆”が見えるのだ。


 ――だが、代償もあった。

 体内に流れる魔力ではない“時の衝撃”が、神経を焼くように痛みを走らせる。

 (……まだ、いける。これくらいで止まれない……!)


 時計の針が微かに狂い、雪原の風景が滲む。

 ハルヒは歯を食いしばり、指揮を続けた。

 「全隊、前進――! ここで押し切る!」


 前線ではガルドが氷牙族の隊長と対峙していた。

 その姿は獣のようでありながら、瞳には理性が宿る。

 「人の勇など、雪に消える幻だ」

 冷たい声を放ちながら、氷の槍を振り下ろす。


 ガルドはそれを両腕で受け止め、氷の破片が腕に突き刺さる。

 だが、そのまま笑い、血を流しながら叫んだ。

 「幻でもいい――この拳で、仲間を守れるならなッ!」

 全身の筋肉が弾ける。

 戦斧が唸り、氷牙族の槍を粉砕。地響きのような一撃が雪原を割り、敵の鎧を粉砕した。


 遠くでユグノアが冷静に状況を分析する。

 「左翼が突破されたが、中央は優勢。……ハルヒ、ここが勝負どころだ」

 「分かってる!」


 時計の針が再び震える。

 ハルヒの瞳に、かすかな光が宿る。

 “千年時計”――時の刻印が、彼の背に形を取る。

 その瞬間、雪原を覆う風が一変した。


 ――世界の流れが、彼に従う。

 敵の動きが遅く見える。雪の一粒が空中で止まり、戦場のすべてが“静止した”かのようだった。


 「今だ、全隊突撃――!!!」

 声が凍てつく空に響く。

 その瞬間、雪煙の向こうから味方の部隊が一斉に走り出す。

 剣と槍が交錯し、光と影が雪の上で交わる。


 ミリアの治癒魔法が光の道を描き、ガルドの咆哮がそれを貫いた。

 セリア率いる弓部隊が一斉に弓を射る。ユグノア  

 の戦術命令が連鎖し、全軍が一糸乱れぬ動きを見

 せる。


 そして――敵の氷牙族が一斉に後退を始めた。

 「……退いていく?」

 「いや、違う」ユグノアが眉をひそめる。

 「これは撤退ではない。氷牙族の“王”が動き出した合図だ」


 雪嵐の向こう――山岳の彼方に、巨大な氷の竜の影が現れる。

 その眼光は凍てついた蒼。

 凍る風が戦場を舐め、兵士たちの身体を一瞬で凍らせそうな冷気が流れ込んだ。


 ハルヒは震える息を吐く。

 「……次は、“本当の戦い”だね」


 凍てつく世界の中、時の刻印が揺らめき、時計の針が静かに音を立てる。

 刻まれるのは――英雄たちの覚悟。

 北方前線、最大の激戦が幕を開けようとしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ