--第31話「凍てつく戦線 ― 北方前線② ―」
北方の氷雪地帯――無限に続く白銀の大地が、戦火に染まり始めていた。
冷たい風が肌を切り、霧のような雪煙が視界を覆う。足元は氷の層で滑りやすく、長靴も凍結した泥に張り付く。
その苛酷な戦場に、ガルド・ベルムが鋼の咆哮と共に立っていた。
「……こりゃ、やっぱり南方戦線とは勝手が違うな!」
凍てつく空気の中、巨体が動くたびに氷が割れる。
前線の兵士たちは寒さに震え、恐怖に顔を歪めていたが、ガルドの咆哮が彼らを鼓舞する。
「俺たちは盾だ! 俺が止める! みんな、後ろを任せろ!」
兵士たちは咄嗟に隊列を整え、足元の氷を踏みしめながらガルドの後方へ移動する。
だが、北方の魔族は手強い。氷雪に隠れた魔族の前衛が突如出現し、槍や爪で前線を切り裂く。
「くっ……迂闊に進めねぇな」
ガルドは片手で槍を受け止め、もう一方で戦斧を振るう。凍てつく風に斧撃が反響し、敵を吹き飛ばす。
その戦況を、ハルヒは少し離れた高台から俯瞰していた。
「左翼部隊は迂回路を封鎖……中央突破はここから……」
スキル《戦術同期》を起動すると、雪原に展開した味方兵士の動きが、彼女の指示通りに瞬時に調整される。
足元の氷が滑る瞬間も、スキルの反応速度で兵士の重心を修正。生き残りの確率を最大化する。
「左翼、敵の奇襲注意! 雪煙に紛れて二隊が接近中!」
ユグノアの声が通信魔法で響く。策士の冷静な声は、ハルヒの判断を後押しする。
「了解! 誘導して、中央で合流させる!」
彼女は部隊の配置を瞬時に書き換え、敵の奇襲を中央突破作戦のための罠に変えた。
前線では、ガルドが孤高に敵を引きつける。
「おらぁ! 来やがれ、化け物ども!」
剣が氷を砕き、雪煙が戦場を覆う。敵の隊列は乱れ、兵士たちはその隙に前進を再開する。
ミリアは後方で治癒魔法を展開し、寒さと負傷で倒れそうな兵士を支える。光が雪原を淡く照らし、凍りついた血を温めるように彼女の掌から力が溢れる。
戦場の空は灰色で重く、雪が絶え間なく降り注ぐ。
氷雪の大地は味方にとっても厳しいが、敵にとっても同じ条件だ。ハルヒはその隙間を縫って、戦況を最大限に活かす。
「右翼の砲撃支援は、あそこ! 雪煙の向こうに小隊を誘導、集束攻撃を可能に」
ユグノアは静かに微笑んだ。
「やはり、君の直感とスキルの組み合わせは侮れない。敵の動きが見えているようね」
「……でも、油断はできない」
ハルヒは時計に手を触れる。針が微かに震え、再び“時の異変”を告げていた。
――戦場の時間が加速している。
敵の魔族の動きが速まるわけではない。だが、味方の反応速度が限界を超え、戦術が無意識に連動する。
それは勝利の鍵であると同時に、未知の危険でもあった。
ガルドは敵の突撃に対して果敢に前進を続ける。
「後ろは任せたぞ! 俺が止める!」
雪原に残る足跡と、跳ね飛ぶ氷の欠片。
獣人戦士の存在感が、戦場全体に“抑止力”として刻まれる。
敵の前衛は混乱し始めた。スキルと戦術指揮によって整った人間側の隊列は、雪原に凍てつく秩序を描き出す。
ハルヒの目が鋭く光る。
「……このまま中央突破を完了させる……!」
北方前線――凍てつく氷雪の大地で、戦いはまだ序盤にすぎない。
だが、ハルヒとユグノアの連携が、戦況を確実に味方へと傾けていた。
その背後で、ガルドは凍てつく風に牙を剥きながら、前線で敵を押し留める。
「俺の誇りを、誰にも踏ませるかよ……!」
雪原の戦線に、英雄たちの決意が重く沈み込む――
北方前線の激闘は、まだこれから本格化するのだ。




