--第3話「無魔の剣士」
朝陽が校庭を金色に染める。
聖グラン騎士学院の試験場には、すでに生徒たちのざわめきが広がっていた。
魔法陣の光が地面を照らし、空気を振動させる。
火球、氷柱、雷撃――魔法の嵐が、今日の模擬試験の序幕を告げていた。
――だが、ハルヒ・クロノスは動じない。
魔法ゼロ。体一つで、勝つ方法しか考えていなかった。
「今日こそ、結果を見せる」
彼は深呼吸をし、左手に握った古びた懐中時計に触れる。
針は止まったまま。だが微かに振動し、鼓動のようにチチ……と音を立てる。
それを感じるだけで、ハルヒの感覚は研ぎ澄まされる。
「……反動制御、全開。瞬動二段、視覚拡張。思考加速、起動」
瞬間、世界の動きが変わった。
空気の流れ、敵の足音、魔法の詠唱――すべてが緩やかに遅くなる。
ハルヒだけが、普通の速度で動ける。まるで時間が自分の周りだけ流れているかのようだった。
「……まずは、相手の魔法の軌道を読む」
彼の目の前で、魔法使いの少年が火球を発射した。
普通なら即死級の威力だが、ハルヒは静かに剣を抜き、炎を斬る。
《三重軌道斬――第一段階》
火球は見事に二つに分かれ、無傷で地面に落下する。
周囲の生徒が息を飲む。
「……え、どうやったの?」
隣の魔法使いが呟く。だが、ハルヒは答えない。
答えは戦場で示す――それだけだった。
模擬試験の課題は“制限魔法下での討伐戦”。
魔法を制限された状態で、複数の魔物を討伐するというものだ。
火球を放つ魔法使い、氷結の術で地面を凍らせる魔法師、雷撃で接近を阻む者。
しかし、ハルヒの動きは無駄がない。
《瞬動》で飛び、剣を振る。
《視覚拡張》で敵の弱点を見抜き、狙いを定める。
《思考加速》で次の行動を計算し、連鎖して次々に魔物を討ち倒す。
まるで魔法の存在自体が無意味であるかのような戦闘だった。
「無魔の剣士……!」
呟きが校庭を走る。
観客席の生徒や教師たちの視線が、一斉にハルヒへ集まった。
――魔力を失った少年が、スキルだけで、魔法社会の頂点を脅かす。
だが、試験は順調とは言えなかった。
「――くっ!」
制限魔法下の敵の中でも、時間加速を読んだ強敵が現れる。
その一撃で、ハルヒの足がもつれ、バランスを崩した。
瞬間、全身に電流のような衝撃が走る。
反動制御が追いつかない。だが、彼は諦めない。
《瞬動》を反射的に起動。
遅れている時間の中で一歩踏み込み、剣を横に振る。
――斬撃は敵の腹部を貫き、後方に倒れた。
「……やはり、極限まで鍛えたスキルだけが、俺の武器か」
ハルヒは荒い息を整え、再び戦場を見渡す。
誰も彼の動きを完全には読めない。
それが、魔力を失った彼の強みだった。
試験終了の鐘が鳴る。
戦場は静まり返り、倒れた魔物と、残った生徒の息遣いだけが響く。
教官の一人――白髪の老騎士が、ハルヒに歩み寄った。
「……お前、魔力なしでここまでやるか。驚いたぞ、クロノス」
周囲の生徒たちも息を呑む。
誰もが彼を“異端”として見ていたが、今や認めざるを得ない。
「しかし、魔法を捨てた代償も大きい。無理をすると身体に負担が……」
老騎士は腕組みしたまま呟くが、ハルヒは軽く肩をすくめる。
「大丈夫。これが俺の戦い方だ」
言葉に迷いはない。
魔法を使えない“無魔の剣士”として、彼は己の道を切り拓く――
それが、これから始まる運命の序章であることも知らずに。
試験を終え、校庭を歩くハルヒ。
目の前には、幼馴染のセリナが静かに微笑んでいた。
「すごかった……本当に、あなたは魔力がなくても強い」
その言葉に、ハルヒは軽く微笑む。
だが、胸の奥には不安があった。
――古びた時計が、また微かに振動している。
チチ……チチ……。
その針は、静かに、しかし確実に、彼の運命を動かそうとしていた。




