表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/50

--第26話「策士ユグノア」


 夜の帳が降りる。

 戦火に包まれたアルグレアは、今なお煙を吐き続けていた。

 崩れた尖塔、黒く焼け焦げた石畳。

 そこに吹く風は冷たく、鉄の匂いと血の気配を運んでくる。


 「……やっと静かになったな」


 ガルドの低い声が響く。獣人の彼は背中の大斧を地面に突き立て、肩で息をしていた。

 「今夜はもう戦えねえ。誰もな」


 「同感だね」

 ユグノアが答える。その手にはいつもの黒い懐中時計。

 盤面の歯車が微かに音を立て、夜の静寂を刻んでいた。


 ハルヒは崩れた街壁に背を預け、息を整える。

 クロノ・ゴーレムとの戦いで受けた衝撃の余韻が、まだ体の奥に残っていた。

 だがそれ以上に、気になっていたのは――ユグノアの表情だった。


 彼女の瞳には、冷たい光と共に、どこか悲しげな影が宿っていた。


 「ユグノア。あの“逆流装置”、一体どこで……?」


 「古代遺跡ノア・ライブラからの遺物さ」

 ユグノアは懐中時計を弄びながら、淡々と答えた。

 「時間操作の理論を持つ唯一の文明だった。

  今ではもう、存在自体が歴史の亡霊だがね」


 「……それを、使いこなせるお前は一体何者なんだ?」


 問いに、ユグノアは軽く笑う。

 「策士――それ以上でも以下でもない。

  俺にできるのは、“勝てる盤面を作る”ことだけさ」


 「勝てる盤面、ね……」


 その言葉の裏に潜む重みを、ハルヒは感じ取った。

 勝つためなら、何を捨てても構わない――

 そんな冷徹な覚悟が、彼女の中にはあった。


 「次の敵、魔王軍の智将グラーデンだ」

 ユグノアの声が低く響く。

 「奴は軍全体を“時間予測”で動かしている。

  未来を読むのではなく、“確率”を制御して戦うタイプだ」


 「……未来を読む敵、か」

 レオンが苦い顔で呟いた。

 「正面からやり合えば、こっちが先に潰される」


 「だからこそ、こちらも“時間”を使う」

 ユグノアは黒板のような地面に指で線を描き、戦略を示す。

 「まず、敵の“思考ループ”を断ち切る。

  グラーデンの予測は、自分の見た未来を前提にしている。

  なら、その未来自体を“少しだけ”変えてやればいい」


 「そんなこと、できるのか?」

 ミリアが驚きの声を上げる。

 ユグノアは静かに頷いた。


 「ハルヒの“時間共鳴”と私の“逆流装置”を合わせれば可能だ。

  わずか一秒でも、未来がズレれば、奴の予測は崩れる」


 ハルヒは拳を握る。

 「つまり……俺が時間を揺らして、敵の思考を狂わせる、か」


 「そう。君が鍵になる」

 ユグノアの声には迷いがなかった。

 「君の“存在”自体が、時の軸を乱す要因だ。

  千年という異物が、この時代に介入している――

  それを、利用しない手はない」


 沈黙が落ちる。

 皆がハルヒを見た。

 その瞳には、恐れでも疑念でもなく――信頼があった。


 「……任せてくれ。俺の時間を使う」

 ハルヒは静かに頷く。

 「ただし、誰も失わせないために、だ」


 ユグノアは短く笑い、懐中時計を閉じた。

 「……いい目をしてる。

  君なら、時間の檻を超えられるかもしれないな」


 その瞬間、遠くの夜空に閃光が走った。

 炎ではない。

 ――光だった。


 「ッ、なんだ……?」

 リィナが風を纏い、空を見上げる。

 アルグレアの西方、廃都を照らすように、一条の光が天へと伸びていた。


 「これは……祈りの光?」

 ミリアが目を細める。

 その光は、まるで“矢”のように大地を貫いている。


 ユグノアがその光を見据え、呟いた。

 「……来たな。あの光は、“光射す王女セリア”のものだ」


 「セリア……!」

 リィナの顔がぱっと明るくなる。

 「魔将ベルダイン、かつてセリアが師と仰いだ

 男が王国を裏切った。それ以降、やつを倒す為     

 に技を磨いてきた!」



 「この戦争が始まる前の王国の、最後の王女だ。

  武器に光を纏わせる《光装のアビリティ》を持つ、

  真の“射手”――セリア=ノアール」


 夜風が揺れる。

 その向こうで、光の矢が天を裂き、闇を払った。

 まるで希望そのものが形を取ったかのように。


 「彼女が光を放ったということは、確実に

 葬り去る為に」


 「王都を滅ぼした将軍か……」

 ガルドが肩を鳴らす。


 ユグノアは懐中時計を再び開く。

 針が、静かに一秒を刻んだ。

 「次の盤面は――“光”と“闇”の交差点だ。

  俺たちが、時を繋ぐ」


 ハルヒは空を見上げた。

 その視線の先、雲間を抜けるように光が瞬いていた。


 それはまるで、千年の時を越えて導く“灯”のように――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ