--第25話「戦場再び」
崩れた街の瓦礫の上を、黒い巨影が踏みしめる。
その一歩ごとに、地が鳴り、時間さえも歪むようだった。
「全員、下がれ――ッ!」
レオンの声が響く。
瞬間、風の加護を帯びたリィナが後衛へと旋回し、詠唱を紡ぐ。
「風よ、護れ――〈シルフ・バリア〉!」
透明な風壁が張り巡らされ、巨兵の一撃を逸らす。
だが、重力を持つかのような衝撃波が地面を抉り、周囲の石畳が砕け散った。
「くっ……防ぎきれない……!」
リィナの膝が沈む。
その肩を、ミリアの光が包む。
「立って、リィナ。まだ……風は止んでいない」
「ありがとう、ミリア……!」
互いの視線が交錯し、再び戦場の風が動く。
巨兵の名は〈クロノ・ゴーレム〉。
千年前、時喰いの残骸から造られた“時魔兵器”の一種――
時の流れを吸い上げ、破壊へと転じる存在。
「こんなのが、この時代に……!」
ハルヒは剣を構え、目を細めた。
空気が震える。
彼の“時の感覚”が、この巨兵の中心にある“歪み”を捉えていた。
「時間を――食ってやがるのか……!」
クロノ・ゴーレムの掌が、光を帯びる。
周囲の時間が遅れ、兵士たちの動きが鈍る。
レオンの剣が届く前に、相手の腕が振り抜かれた。
「レオン!」
ハルヒが咄嗟に“時の閃光”を走らせる。
世界が一瞬、停止する。
止まった時間の中で、ハルヒはレオンを掴み、衝撃の軌道から弾き飛ばす。
――そして再び、時が動いた。
轟音。
大地が裂け、街の残骸が舞い上がる。
「……助かった」
レオンが息を吐き、剣を構え直す。
「だがこのままじゃ、ジリ貧だ」
「私が正面を抑える」リィナが言う。
「レオンは左翼、ミリアは後方治癒。
ハルヒ、あなたは――」
「時間の核を狙う」
ハルヒの瞳に決意の光が宿る。
「このゴーレムの内部に“時間結晶”があるはずだ。
そこを断てば、制御が崩壊する」
「なるほどね……やっぱり、あなたはそう来ると思ってた」
静かな声が背後から響いた。
ユグノア=オルディス。
漆黒の外套を翻し、彼女はゆっくりと前に出る。
「だが、正面突破じゃ間に合わない。
あれは“時間障壁”で守られてる。普通の攻撃じゃ削れない」
「じゃあ、どうする?」
レオンが問い詰めると、ユグノアは唇の端を吊り上げた。
「“策”を使う」
彼の手元に、古びた懐中時計が現れる。
中で歯車が逆回転を始めた。
「ハルヒ。君の時の力を、この“逆流装置”に合わせろ」
「逆流装置?」
「時間をわずかに“巻き戻す”仕組みだ。
あのゴーレムの中枢と干渉させれば、制御が乱れる」
ユグノアの声は静かだが、その瞳の奥には戦略家の冷たい光が宿っていた。
「一度きりの賭けになる。
だが――勝てる、これなら」
リィナが頷き、風の輪を展開する。
ミリアが光の加護を重ね、レオンが前衛に立つ。
「ハルヒ、タイミングは任せた!」
(俺の時と、ユグノアの策……)
ハルヒは深く息を吸い、時の剣を構える。
世界がゆっくりと音を失っていく。
「――今だ!」
ユグノアの声が響き、懐中時計が閃光を放つ。
ハルヒの刃が、時間の奔流を裂いた。
クロノ・ゴーレムの胸部に刻まれた歯車が逆回転を始め、
中枢の青い光が一瞬だけ乱れる。
「崩れる……!」
ハルヒが叫ぶ。
レオンがその隙を狙い、剣を振り抜く。
炎と風が交わり、巨大な爆発が戦場を包んだ。
衝撃が去った後、そこに巨兵の姿はなかった。
瓦礫の上に、砕けた時間結晶だけが転がっている。
「やった……!」リィナが息を吐く。
「……ふぅ。策、成功ってところか」
ユグノアが笑う。
その表情は穏やかだったが、彼女の指先は微かに震えていた。
「だが……この戦い、まだ序章だ」
彼女の目が、遠くの塔を見据える。
アルグレアの中心――黒煙の奥に、赤く輝く影が立っていた。
「ようやく出てきたか。
“魔王軍の智将”グラーデン。……次の敵は、あいつか?」
ハルヒは剣を握り直す。
“戦場”は終わっていない。
だが、彼らは確かに前へと進んでいた。
風が、再び歌う。
それは勝利の歌ではなく――次なる戦いへの、序奏だった。




