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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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--第25話「戦場再び」


 崩れた街の瓦礫の上を、黒い巨影が踏みしめる。

 その一歩ごとに、地が鳴り、時間さえも歪むようだった。


 「全員、下がれ――ッ!」

 レオンの声が響く。

 瞬間、風の加護を帯びたリィナが後衛へと旋回し、詠唱を紡ぐ。

 「風よ、護れ――〈シルフ・バリア〉!」


 透明な風壁が張り巡らされ、巨兵の一撃を逸らす。

 だが、重力を持つかのような衝撃波が地面を抉り、周囲の石畳が砕け散った。


 「くっ……防ぎきれない……!」

 リィナの膝が沈む。

 その肩を、ミリアの光が包む。

 「立って、リィナ。まだ……風は止んでいない」


 「ありがとう、ミリア……!」

 互いの視線が交錯し、再び戦場の風が動く。


 巨兵の名は〈クロノ・ゴーレム〉。

 千年前、時喰いの残骸から造られた“時魔兵器”の一種――

 時の流れを吸い上げ、破壊へと転じる存在。


 「こんなのが、この時代に……!」

 ハルヒは剣を構え、目を細めた。

 空気が震える。

 彼の“時の感覚”が、この巨兵の中心にある“歪み”を捉えていた。


 「時間を――食ってやがるのか……!」


 クロノ・ゴーレムの掌が、光を帯びる。

 周囲の時間が遅れ、兵士たちの動きが鈍る。

 レオンの剣が届く前に、相手の腕が振り抜かれた。


 「レオン!」

 ハルヒが咄嗟に“時の閃光”を走らせる。

 世界が一瞬、停止する。

 止まった時間の中で、ハルヒはレオンを掴み、衝撃の軌道から弾き飛ばす。


 ――そして再び、時が動いた。


 轟音。

 大地が裂け、街の残骸が舞い上がる。


 「……助かった」

 レオンが息を吐き、剣を構え直す。

 「だがこのままじゃ、ジリ貧だ」


 「私が正面を抑える」リィナが言う。

 「レオンは左翼、ミリアは後方治癒。

  ハルヒ、あなたは――」


 「時間の核を狙う」

 ハルヒの瞳に決意の光が宿る。

 「このゴーレムの内部に“時間結晶”があるはずだ。

  そこを断てば、制御が崩壊する」


 「なるほどね……やっぱり、あなたはそう来ると思ってた」

 静かな声が背後から響いた。

 ユグノア=オルディス。

 漆黒の外套を翻し、彼女はゆっくりと前に出る。


 「だが、正面突破じゃ間に合わない。

  あれは“時間障壁”で守られてる。普通の攻撃じゃ削れない」


 「じゃあ、どうする?」

 レオンが問い詰めると、ユグノアは唇の端を吊り上げた。


 「“策”を使う」


 彼の手元に、古びた懐中時計が現れる。

 中で歯車が逆回転を始めた。

 「ハルヒ。君の時の力を、この“逆流装置”に合わせろ」


 「逆流装置?」

 「時間をわずかに“巻き戻す”仕組みだ。

  あのゴーレムの中枢と干渉させれば、制御が乱れる」


 ユグノアの声は静かだが、その瞳の奥には戦略家の冷たい光が宿っていた。

 「一度きりの賭けになる。

  だが――勝てる、これなら」


 リィナが頷き、風の輪を展開する。

 ミリアが光の加護を重ね、レオンが前衛に立つ。

 「ハルヒ、タイミングは任せた!」


 (俺の時と、ユグノアの策……)

 ハルヒは深く息を吸い、時の剣を構える。

 世界がゆっくりと音を失っていく。


 「――今だ!」

 ユグノアの声が響き、懐中時計が閃光を放つ。


 ハルヒの刃が、時間の奔流を裂いた。

 クロノ・ゴーレムの胸部に刻まれた歯車が逆回転を始め、

 中枢の青い光が一瞬だけ乱れる。


 「崩れる……!」

 ハルヒが叫ぶ。

 レオンがその隙を狙い、剣を振り抜く。

 炎と風が交わり、巨大な爆発が戦場を包んだ。


 衝撃が去った後、そこに巨兵の姿はなかった。

 瓦礫の上に、砕けた時間結晶だけが転がっている。


 「やった……!」リィナが息を吐く。

 「……ふぅ。策、成功ってところか」

 ユグノアが笑う。

 その表情は穏やかだったが、彼女の指先は微かに震えていた。


 「だが……この戦い、まだ序章だ」

 彼女の目が、遠くの塔を見据える。

 アルグレアの中心――黒煙の奥に、赤く輝く影が立っていた。


 「ようやく出てきたか。

  “魔王軍の智将”グラーデン。……次の敵は、あいつか?」


 ハルヒは剣を握り直す。

 “戦場”は終わっていない。

 だが、彼らは確かに前へと進んでいた。


 風が、再び歌う。

 それは勝利の歌ではなく――次なる戦いへの、序奏だった。



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