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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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24/50

--第24話「風の歌姫リィナ」


 戦火に包まれたアルグレアの空を、ひとすじの風が駆け抜けた。

 その風は、ただの風ではない。

 ――精霊の加護を帯びた、旋律の風。


 「風よ、歌え――〈ヴェルセリアの詩〉!」

 リィナ=ヴェルセリアが歌声を放つ。

 その声は透明で、けれど確かな力を持って戦場を駆け巡った。

 旋律が広がると、周囲の空気が震え、吹き荒れていた炎が一瞬だけ鎮まる。


 「これは……!」

 ハルヒが息を呑む。

 敵の放つ炎の矢が、空気の流れに弾かれて軌道を逸れた。

 代わりにその風が、味方の剣に宿り、切れ味を増す。


 「リィナの歌は“風”そのものを操るんだ」

 ユグノアが冷静に呟く。

 「鼓舞、治癒、加速――状況に応じて性質を変える。彼女は戦場そのものを“舞台”に変えることができる」


 「まるで……戦場の指揮者だな」

 ハルヒがそう言うと、リィナが振り向いて笑った。

 「あなたも、ちゃんと合わせてね、ハルヒ。風のリズムに逆らうと、吹き飛ばすわよ」


 「……了解です」

 思わず苦笑がこぼれる。

 戦場のど真ん中でありながら、彼女の声は不思議と軽やかで、周囲の緊張を和らげる力があった。


 風が唄う。

 剣が舞う。

 その狭間で、時の刻印が微かに震えた。

 ――風の律動と、時の脈動が共鳴している。


 「今だ、ハルヒ!」

 リィナの声が響く。

 瞬間、ハルヒの身体が風に押し上げられるように軽くなった。

 刹那――敵の攻撃が止まった時間の中で、彼は一閃を放つ。


 金属の軋み。

 魔族兵が数人、同時に崩れ落ちた。

 ハルヒは地に着地し、息を整える。


 「……これが、風と時の共鳴……!」

 「そう。それが“調律”よ」

 リィナが指先で風を弾くようにして微笑む。

 「あなたの時の力は、流れを断ち切る。

  私の風は、流れを繋ぐ。

  二つが噛み合えば、戦場の“リズム”を変えられる」


 彼女の瞳は、風のように澄んでいた。

 ただの魔法ではない。

 戦場における感性――“調和”を武器にした戦い方。


 リィナの歌声が高まり、戦場に風が吹き荒れる。

 味方の足が軽くなり、矢が真っすぐ飛び、仲間の剣が鋭くなる。

 その全てが一つの旋律に沿って動いているかのようだった。


 「これが……六人の英雄の力……」

 ハルヒは胸の奥が熱くなるのを感じた。

 魔力を失った自分が、彼らと肩を並べて戦っている――それだけで、奇跡のようだった。


 だが、その奇跡を試すかのように、戦場の奥で不穏な気配が蠢く。

 「……感じるか?」レオンが剣を構える。

 「魔族の増援だ。数が多い」


 リィナの旋律が止まる。

 代わりに、冷たい風が流れ込む。

 「風が……濁ってる」リィナが眉を寄せる。

 「何か、ただの兵ではない気配が混じってる」


 ハルヒの時の刻印が震え、視界が歪む。

 “時”がわずかに乱れている。

 「来る……!」


 地鳴りと共に、黒き影が市街地の奥から姿を現す。

 全身を鎧で覆い、赤い双眼を光らせた魔族の巨兵。

 その足音一つで、瓦礫が崩れ落ちる。


 「……あれは、“時の食らいクロノイーター”の亜種……!」

 ユグノアが声を上げる。

 「この時代では、まだ確認されていないはず……!」


 レオンが前に出る。

 「全員、陣形を整えろ! ここが踏ん張りどころだ!」

 リィナの風が再び強く吹き、ミリアの光が傷ついた者を包む。

 七人の力がひとつの円環を成す。


 ハルヒは剣を構え、時の影を研ぎ澄ます。

 (この力を……もう一度試す!)


 風が歌い、光が踊る。

 その中央で、ハルヒの時間が――止まった。



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