--第24話「風の歌姫リィナ」
戦火に包まれたアルグレアの空を、ひとすじの風が駆け抜けた。
その風は、ただの風ではない。
――精霊の加護を帯びた、旋律の風。
「風よ、歌え――〈ヴェルセリアの詩〉!」
リィナ=ヴェルセリアが歌声を放つ。
その声は透明で、けれど確かな力を持って戦場を駆け巡った。
旋律が広がると、周囲の空気が震え、吹き荒れていた炎が一瞬だけ鎮まる。
「これは……!」
ハルヒが息を呑む。
敵の放つ炎の矢が、空気の流れに弾かれて軌道を逸れた。
代わりにその風が、味方の剣に宿り、切れ味を増す。
「リィナの歌は“風”そのものを操るんだ」
ユグノアが冷静に呟く。
「鼓舞、治癒、加速――状況に応じて性質を変える。彼女は戦場そのものを“舞台”に変えることができる」
「まるで……戦場の指揮者だな」
ハルヒがそう言うと、リィナが振り向いて笑った。
「あなたも、ちゃんと合わせてね、ハルヒ。風のリズムに逆らうと、吹き飛ばすわよ」
「……了解です」
思わず苦笑がこぼれる。
戦場のど真ん中でありながら、彼女の声は不思議と軽やかで、周囲の緊張を和らげる力があった。
風が唄う。
剣が舞う。
その狭間で、時の刻印が微かに震えた。
――風の律動と、時の脈動が共鳴している。
「今だ、ハルヒ!」
リィナの声が響く。
瞬間、ハルヒの身体が風に押し上げられるように軽くなった。
刹那――敵の攻撃が止まった時間の中で、彼は一閃を放つ。
金属の軋み。
魔族兵が数人、同時に崩れ落ちた。
ハルヒは地に着地し、息を整える。
「……これが、風と時の共鳴……!」
「そう。それが“調律”よ」
リィナが指先で風を弾くようにして微笑む。
「あなたの時の力は、流れを断ち切る。
私の風は、流れを繋ぐ。
二つが噛み合えば、戦場の“リズム”を変えられる」
彼女の瞳は、風のように澄んでいた。
ただの魔法ではない。
戦場における感性――“調和”を武器にした戦い方。
リィナの歌声が高まり、戦場に風が吹き荒れる。
味方の足が軽くなり、矢が真っすぐ飛び、仲間の剣が鋭くなる。
その全てが一つの旋律に沿って動いているかのようだった。
「これが……六人の英雄の力……」
ハルヒは胸の奥が熱くなるのを感じた。
魔力を失った自分が、彼らと肩を並べて戦っている――それだけで、奇跡のようだった。
だが、その奇跡を試すかのように、戦場の奥で不穏な気配が蠢く。
「……感じるか?」レオンが剣を構える。
「魔族の増援だ。数が多い」
リィナの旋律が止まる。
代わりに、冷たい風が流れ込む。
「風が……濁ってる」リィナが眉を寄せる。
「何か、ただの兵ではない気配が混じってる」
ハルヒの時の刻印が震え、視界が歪む。
“時”がわずかに乱れている。
「来る……!」
地鳴りと共に、黒き影が市街地の奥から姿を現す。
全身を鎧で覆い、赤い双眼を光らせた魔族の巨兵。
その足音一つで、瓦礫が崩れ落ちる。
「……あれは、“時の食らい手”の亜種……!」
ユグノアが声を上げる。
「この時代では、まだ確認されていないはず……!」
レオンが前に出る。
「全員、陣形を整えろ! ここが踏ん張りどころだ!」
リィナの風が再び強く吹き、ミリアの光が傷ついた者を包む。
七人の力がひとつの円環を成す。
ハルヒは剣を構え、時の影を研ぎ澄ます。
(この力を……もう一度試す!)
風が歌い、光が踊る。
その中央で、ハルヒの時間が――止まった。




