--第20話「刻印の力」
戦場は、夜の帳に包まれていた。
北方砦の戦闘は一段落したものの、焼け焦げた大地と煙がまだ立ち込める。
ハルヒの剣から漂う熱気が、風に混ざって冷えた夜気に溶けていった。
「……不思議な感覚だ」
ハルヒは膝をつき、地面に手を置く。
戦闘中、スキルの限界を越えた刹那、世界が遅れる瞬間――
時間の裂け目を、ほんのわずかだが感じた。
(……これが、俺の……時の力……?)
そう――自分の中に、英雄六人と並ぶ、もうひとつの影。
戦場で発動したその力は、まだ形を持たず、名前もついていない。
けれど、確実に存在していた。
戦況を変え、敵の動きを鈍らせ、己の時間を操る“感覚”として。
ミリアが近づき、心配そうに声をかける。
「ハルヒ、大丈夫? まだ無理してない?」
「……大丈夫です。ただ、少し……感じたんです。
世界の流れが……自分の動きに、呼応する感覚を」
リィナも焚き火の向こうで身を縮め、目を輝かせる。
「あなた……あの動き……普通じゃなかった」
「私にも見えた。時が……ほんの一瞬、止まったみたいだったわ」
レオンが近づき、ゆっくりと剣を鞘に収めた。
「……感覚を掴んだか。だが、まだ器の半分も使えていない」
ハルヒは顔を上げ、彼を見つめる。
「器……?」
「お前の“無”は、ただの空虚じゃない。
空白だからこそ、時間を受け止め、形にできる器だ。
その器を使いこなすことが、お前の課題だ」
ハルヒは膝をついたまま、胸の奥で震えるものを感じた。
戦場で見た光景――敵を斬る刹那の間、時間が裂け、世界が一瞬止まった感覚。
それは、己の力ではなく、己と世界の“共鳴”だった。
(……俺は、英雄じゃない。でも……)
胸の奥で、ひとつの確信が芽生える。
――この力で、仲間を守れる。
そして、世界の未来を変えられるかもしれない。
夜風が、砦の残骸を吹き抜ける。
七人目――自分の存在を示す“影”が、静かに形を取り始めていた。
その影は恐怖でも不安でもなく、力強い存在感を宿していた。
「……レオンさん、俺……」
声が震えた。
「自分でも知らなかった力が、確かに動き始めている」
レオンは小さく頷き、視線を遠くの戦場に向けた。
「覚醒は始まった。だが、力を使いこなすには、覚悟が必要だ。
明日――北方戦線の指揮を任せる。
お前自身の力で、戦況を変えてみろ」
その言葉に、ハルヒの心臓が早鐘のように打った。
恐怖よりも昂揚――自分の中の“影”が、まるで息をしているように感じられた。
砦の高台に立ち、夜空を見上げる。
赤く染まる北方の空と、遠くの星々。
その間に、自身の刻印――自分自身の姿が、確かに存在していた。
(……俺は、この刻印と共に……戦う)
夜が深まる中、仲間たちも静かに各々の任務に就く。
焚き火の火が消えかけ、月光が砦を照らす。
その光の中で、ハルヒの中の影は、静かに、しかし確実に力を増していた。
遠く、北方の森から獣の咆哮が聞こえる。
新たな戦いの始まりを告げる音。
刻印――ハルヒ自身の覚醒は、まだ序章に過ぎなかった。
そして、夜明けが来る。
光と影が交錯するその瞬間、ハルヒの影は初めて、“自分の意志で動く”ことを知った。




