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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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20/50

--第20話「刻印の力」


 戦場は、夜の帳に包まれていた。

 北方砦の戦闘は一段落したものの、焼け焦げた大地と煙がまだ立ち込める。

 ハルヒの剣から漂う熱気が、風に混ざって冷えた夜気に溶けていった。


 「……不思議な感覚だ」

 ハルヒは膝をつき、地面に手を置く。

 戦闘中、スキルの限界を越えた刹那、世界が遅れる瞬間――

 時間の裂け目を、ほんのわずかだが感じた。


 (……これが、俺の……時の力……?)


 そう――自分の中に、英雄六人と並ぶ、もうひとつの影。

 戦場で発動したその力は、まだ形を持たず、名前もついていない。

 けれど、確実に存在していた。

 戦況を変え、敵の動きを鈍らせ、己の時間を操る“感覚”として。


 ミリアが近づき、心配そうに声をかける。

 「ハルヒ、大丈夫? まだ無理してない?」

 「……大丈夫です。ただ、少し……感じたんです。

  世界の流れが……自分の動きに、呼応する感覚を」


 リィナも焚き火の向こうで身を縮め、目を輝かせる。

 「あなた……あの動き……普通じゃなかった」

 「私にも見えた。時が……ほんの一瞬、止まったみたいだったわ」


 レオンが近づき、ゆっくりと剣を鞘に収めた。

 「……感覚を掴んだか。だが、まだ器の半分も使えていない」

 ハルヒは顔を上げ、彼を見つめる。

 「器……?」

 「お前の“無”は、ただの空虚じゃない。

  空白だからこそ、時間を受け止め、形にできる器だ。

  その器を使いこなすことが、お前の課題だ」


 ハルヒは膝をついたまま、胸の奥で震えるものを感じた。

 戦場で見た光景――敵を斬る刹那の間、時間が裂け、世界が一瞬止まった感覚。

 それは、己の力ではなく、己と世界の“共鳴”だった。


 (……俺は、英雄じゃない。でも……)

 胸の奥で、ひとつの確信が芽生える。

 ――この力で、仲間を守れる。

 そして、世界の未来を変えられるかもしれない。


 夜風が、砦の残骸を吹き抜ける。

 七人目――自分の存在を示す“影”が、静かに形を取り始めていた。

 その影は恐怖でも不安でもなく、力強い存在感を宿していた。


 「……レオンさん、俺……」

 声が震えた。

 「自分でも知らなかった力が、確かに動き始めている」


 レオンは小さく頷き、視線を遠くの戦場に向けた。

 「覚醒は始まった。だが、力を使いこなすには、覚悟が必要だ。

  明日――北方戦線の指揮を任せる。

  お前自身の力で、戦況を変えてみろ」


 その言葉に、ハルヒの心臓が早鐘のように打った。

 恐怖よりも昂揚――自分の中の“影”が、まるで息をしているように感じられた。


 砦の高台に立ち、夜空を見上げる。

 赤く染まる北方の空と、遠くの星々。

 その間に、自身の刻印――自分自身の姿が、確かに存在していた。


 (……俺は、この刻印と共に……戦う)


 夜が深まる中、仲間たちも静かに各々の任務に就く。

 焚き火の火が消えかけ、月光が砦を照らす。

 その光の中で、ハルヒの中の影は、静かに、しかし確実に力を増していた。


 遠く、北方の森から獣の咆哮が聞こえる。

 新たな戦いの始まりを告げる音。

 刻印――ハルヒ自身の覚醒は、まだ序章に過ぎなかった。


 そして、夜明けが来る。

 光と影が交錯するその瞬間、ハルヒの影は初めて、“自分の意志で動く”ことを知った。



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