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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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--第2話「暴走の記憶」


 ――三年前のあの日。


 薄暗い練習場の隅で、ハルヒは膝を抱えて座っていた。

 静寂の中、微かに残る焦げた香りと、かすかな魔力の残滓。

 それが、全てを思い出させる。


 「……セリナ……」


 幼馴染の名を呼ぶ。

 あの時、彼女の魔力は制御を失い、暴走した。

 目の前の壁がひび割れ、炎が螺旋を描いて天井まで達する。

 そして、その渦の中心に立つセリナの瞳は、恐怖と混乱に揺れていた。


 「止めなきゃ……!」


 ハルヒは駆け出した。

 魔法を使えば魔力の暴走を助長するかもしれない。

 自分にできるのは、ただ一つ――スキルの全力運用だ。

 《反動制御》《瞬動》《加速展開》――身体能力を極限まで引き上げ、魔力暴走の中心へと飛び込む。


 火炎が渦巻く。周囲の石材は破壊され、床は割れ、天井の梁が落下する。

 しかし、ハルヒは計算通りに回避し、セリナの元へ届いた。


 「離れて! 俺に任せろ!」


 手のひらを伸ばす。

 《時間加速》スキルを連鎖させ、炎の動きをわずかに遅らせる――

 世界の流れを微かに操作し、彼女の暴走魔力の直撃を避けさせた。


 「……ハルヒ……?」


 セリナの声は震え、涙で濡れていた。

 魔力が漏れ出し、空気は灼熱に変わる。

 しかし、彼女の体は揺れたまま、制御不能のままだった。


 《瞬動》《反射拡張》《思考加速》――全てを同時発動。

 時間を微妙に“巻き戻す”感覚で動き、彼女を抱え上げた。

 その衝撃で、床はさらに崩壊し、火炎の渦が天井を打つ。


 「……もう少し……! もう少しで抑えられる!」


 声を振り絞る。

 スキルの反動が、彼の身体を痛めつける。

 心臓が高鳴り、呼吸は荒く、筋肉は悲鳴を上げる。

 だが、それでも手を放すわけにはいかなかった。


 瞬間――

 セリナの魔力の渦が頂点に達した。

 青白い光が爆発し、全てを包む。


 気がつくと、ハルヒは地面に倒れていた。

 周囲は焦げ跡だけが残り、空気は静かに震えている。


 そして、彼は知った。


 ――自分の魔力は、全て奪われたのだ、と。


 炎の中心で、セリナは無事だった。

 だが、代償としてハルヒは魔力を失い、魔法を一切使えなくなった。

 魔法社会ではそれは、即ち「戦力外通告」と同義だった。


 「……俺は……魔法を……」


 呟く。

 その声に応える者は、誰もいなかった。

 ただ、焦げた木材と、崩れた壁、微かに漂う硝煙の匂いだけが残る。


 その日から、ハルヒは決めた。


 ――魔力がなくても、戦える騎士になる。

 スキルだけで、誰よりも速く、誰よりも強く。


 そして、幼馴染を守るために、己の意志を極限まで鍛えることを。



 現在の試験場に戻る。

 白銀の校舎、朝の光、訓練生の歓声。

 あの忌まわしい記憶を胸に、ハルヒは立ち上がる。


 「……今日の試験も、全力でな」


 手には、古びた懐中時計。

 文字盤は壊れているが、微かに振動する。

 心臓の鼓動と同期するように、チチ……チチ……と、音がする。


 「……この時計、何か、俺を呼んでいる」


 その感覚を押さえつけながら、彼は試験場へ向かう。

 スキルを駆使した戦闘の準備。

 魔法を失った体でも、今日の戦いに勝つ――

 それが、彼の唯一の答えだった。


 そして――


 彼の運命は、まだ動き出したばかりだった。



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