--第19話「戦場での一閃」
北方戦線。
空は赤く染まり、煙と灰が混ざった風が戦場を吹き抜ける。
大地を踏みしめるたび、兵士たちの鎧が鈍く響き、地鳴りのように震えた。
「敵影、北東より接近! 全軍、構え!」
レオンの声が戦場の空気を切り裂く。
砦の守りを固めた人間軍と、魔族兵たちが火花を散らしながら激突する。
ハルヒは剣を握り、呼吸を整える。
胸の奥で――心臓の音と共鳴するように、時計が静かに鳴った。
――カチリ。
視界が一瞬歪む。時間の流れが、わずかに遅れたように感じた。
“あの感覚――間違いない、これが覚醒の兆しだ”
ハルヒは心の奥で、自分のスキルが新たな形を取り始めたことを理解した。
突撃してくる魔族兵の一群。
鎧を纏った巨躯が、地を踏みならしながら迫る。
通常なら、剣を振るい、斬り伏せる――それだけで手一杯の数だ。
だが――
スキル《刹那視界》と《時感応》を同時に起動する。
視界に残像が生まれ、敵の動きが一瞬止まったように見える。
“斬るべき瞬間”が、目の前に並ぶ。
「ここだ……!」
ハルヒは剣を振り下ろした。
閃光のごとき一撃。
斬られた瞬間、敵の時間が歪み、刀傷が空間に溶け込むように広がった。
魔族兵の列が、一瞬で崩れ、後方に倒れこむ。
「……!? 何だ、この動きは!」
魔族兵の指揮官が叫ぶ。
しかし、次の瞬間、目の前の兵士たちは再び立ち上がった。
魔族の再生能力――だが、そこにさらなる異変が起きる。
ハルヒの剣が再び閃く。
一閃ごとに、時間の流れが“裂ける”。
再生の速度を上回り、次々と敵を無力化していく。
「――これが、俺の力!」
心の奥の“カチリ”が、確かなリズムで響く。
世界の時間と、自分の意志が共鳴する瞬間。
それは、一人の剣士としての限界を越えた、新しい戦い方だった。
周囲の兵士たちも気づき始める。
“あの剣士、時間を操っている”――と。
リィナが小さく息を吐き、後方で観察する。
「すごい……まるで、時間が彼だけ違う速度で流れてるみたい」
ミリアも頷き、治癒魔法を周囲に展開しながら言う。
「でも、無理は禁物よ。スキルの消耗が激しいわ」
戦場の中心、ハルヒの動きは一つの閃光となり、敵の再生を断ち切った。
敵の指揮官は絶叫する――
「な、何者だ……!? 時間を……操るのか!?」
そのとき、北方の空から一陣の風が吹いた。
遠く、六人の英雄たちの姿が確認できる。
レオンは微かに笑みを浮かべ、剣を構えたまま戦況を見守る。
その傍ら、ハルヒの胸の奥に、確かな自信が芽生えた。
(これが……俺の、眠っていた力――)
風が吹き、戦場の埃を巻き上げる。
時間の感覚が鋭く研ぎ澄まされる。
刹那の一閃が、戦局を変えた瞬間、ハルヒの中で“影”が走る。
それは、自分でもまだ制御できない未知の存在。
目覚め始めた“時の力”――
空の赤と黒が交錯する中、ハルヒはその影を感じた。
そして心の奥で決意する。
(……俺は、まだ始まったばかりだ……)
戦場の轟音が夜空に響き渡る。
その中で、時の刻印――ハルヒ自身の覚醒は、静かに、しかし確実に動き始めていた。




