--第17話「レオンの剣」
東の空が薄く白み始めた。
夜明け前の冷たい風が、焚き火の残り香をさらっていく。
その風を背に、ハルヒたちは北方戦線へと出発していた。
見渡す限りの荒野。
焦げた大地の向こうに、黒煙を上げる砦が見える。
そこが、魔族との最前線――。
「……あれが“知恵を持つ魔族”の巣か」
ハルヒの呟きに、隣を歩くリィナが頷く。
「ただの力押しじゃ通じないわ。向こうは人間の戦術を真似してくる」
「まるで人と戦ってるみたいだな」
「それが厄介なの。彼らは“学んで”いる」
風が、乾いた草を鳴らす。
その音の中で、レオンは黙って歩き続けていた。
背に背負う剣――“王剣アーシェル”。
古の英雄王が鍛え上げたとされる、戦場を制する象徴の剣。
「レオンさん、その剣……ずっと気になってたんです」
ハルヒが口を開くと、レオンは振り向かずに答えた。
「これは“約束”だ。過去の戦友たちと、そして俺自身と交わした」
「約束……?」
「剣は、守るためにある。奪うためじゃない。
だが、守るものを見失えば、どんな剣も狂う」
レオンの声は静かだったが、その言葉には重みがあった。
歩を進めるたび、遠くで雷鳴が響く。
戦場の空気が、少しずつ肌に刺さるように冷たくなる。
砦の目前に到着した時、ミリアが魔力探知の結界を張った。
「……魔力反応、北西から多数。たぶん、もう気づかれてる」
「いい、こちらから仕掛けよう」
レオンが指を上げる。
その瞬間、全員が一斉に動いた。
リィナが矢を放ち、風を裂く音が戦場に響く。
ハルヒは剣を抜き、前線へと駆ける。
敵影――黒い甲冑を纏った魔族兵が、獣のような咆哮を上げて迫ってくる。
(来る――!)
ハルヒはスキルを発動した。
脳裏を走る感覚――時間の流れが、再び歪む。
“刹那視界”
敵の動きを、未来のように見通す感覚。
剣が交差し、火花が散る。
音が消えるほどの集中の中で、彼は一体、また一体と敵を斬り伏せた。
だが、異様なことに気づく。
――斬っても、敵が立ち上がる。
再生するように、肉体が歪んで繋がっていく。
「再生型か……っ!」
リィナの叫び。
ミリアの魔法が放たれるが、再生速度が上回る。
「これじゃ埒が明かない……!」
「頭部を狙え! 魔石が核になってる!」
レオンの声が飛ぶ。
瞬間、彼の剣が閃いた。
轟音。
風が爆ぜ、十体の魔族が一瞬で斬り裂かれる。
その動きは――“斬撃”というより、“時間”そのものを切り裂いたようだった。
「……あれが、“王剣”の技」
ハルヒは息を呑む。
レオンの周囲の空間が、わずかに歪んでいた。
剣を振るうたび、空気が裂け、遅れて光が走る。
「見ておけ、ハルヒ。
これが、“刻剣”――時間を断つ剣だ」
「時間を……断つ……?」
「人は時間に縛られる。だが、剣士はその鎖を一瞬でも越えられる。
それが、戦場を制する者の剣だ」
言葉の直後、レオンが再び跳んだ。
剣が光を引き裂き、敵の時間が――止まった。
次の瞬間には、すべての敵が塵となって崩れ落ちていた。
誰もが声を失う。
ただ、風の音だけが残った。
「……あれが、“時を断つ剣”……」
ミリアが呟く。
「レオンさんは、“時間の理”に触れているのよ。
ハルヒ、あなたが感じた“時の歪み”も、同じ系統かもしれない」
ハルヒの胸が高鳴る。
あの訓練の夜に感じた感覚――
それが、確かに現実の力として存在している。
(俺も……あの境地に届くことができるのか?)
レオンは血に濡れた剣を鞘に収め、振り返った。
「ハルヒ。
“時”を感じるなら、恐れるな。
時間は、敵でも味方でもない。
それを斬る覚悟がある者だけが、未来を掴める」
「……未来を、掴む」
「お前の“無”は、きっと“時”と繋がる。
だからこそ、次の戦いで試せ。
己の“限界の先”をな」
その瞳は、炎ではなく光を宿していた。
ハルヒは小さく頷く。
空を見上げれば、朝日が砦の向こうに昇り始めていた。
新しい光が、黒煙を貫く。
その瞬間、彼の心の奥で――何かが震えた。
(これは……?)
剣を握る手が、微かに熱を帯びる。
それは痛みではなく、何か“目覚め”のような感覚だった。
カチリ。
また、心の奥の時計が、ひとつ音を刻む。
それは“時の共鳴”の始まり。




