表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/51

--第16話「スキルの限界」


 夜は深く、風は冷たい。

 焚き火の火が静かに揺らぎ、兵たちの影を不規則に踊らせていた。

 戦場の喧噪が遠ざかり、今はただ、疲労と痛みだけが現実を物語っていた。


 ハルヒは包帯に覆われた腕を見つめていた。

 ミリアの治癒魔法によって命こそ救われたが、筋肉と神経は限界を越えている。

 スキルの“過剰使用”――人の体が耐えられる限界を、とうに越えていた。


 「……これが、俺の限界か」

 呟いた声はかすれていた。


 スキルは魔法とは違う。

 それは、己の肉体と精神を極限まで引き出す行為。

 魔力という外部エネルギーを借りない代わりに、代償はすべて“自分”に返ってくる。


 無魔であるハルヒが生き残るために選んだ道――

 だが、それは確実に彼の命を削っていた。


 「……痛むか?」

 声をかけてきたのは、レオンだった。

 鎧を外し、剣を背負ったまま、焚き火の向かいに座る。

 淡い炎の光が、彼の金の瞳を照らしていた。


 「少しだけ。慣れてるから」

 「そういう強がりは、若い頃の俺に似てるな」

 レオンは笑うでもなく、ただ静かに言った。


 「お前の戦い方を見ていて思った。

  スキルをあそこまで緻密に扱える奴は、この時代にも滅多にいない。

  だが――そのままじゃ、長くは保たん」


 「分かってます。俺の力は……“無理矢理”なものですから」


 「違う。お前の力は、“繋ぐ”力だ」

 レオンは剣の柄を軽く叩いた。

 「戦場では、己を削る覚悟も必要だが、削るだけでは終わる。

  真の力ってのは、仲間や未来に“繋ぐ”ためにある」


 その言葉に、ハルヒは顔を上げた。

 レオンの瞳は、ただまっすぐに燃えている。

 炎のように、けれど決して揺らがない。


 「……俺には魔力も、アビリティもない。ただの“無”ですよ」

 「無だからこそ、見えるものもある。

  お前は戦場の“時”を感じている。剣を振るうたびに、流れを読むような感覚があるはずだ」


 ハルヒは無言で頷いた。

 あの瞬間、確かに“時間”が止まり、逆流し、また進んでいく感覚があった。

 それは幻ではない。

 スキルの延長にある、“未知の領域”。


 「それが、お前の真の資質かもしれん」

 レオンは立ち上がり、背中の大剣を抜いた。

 「……レオンさん?」


 「教えてやる。

  戦場の規律を越えるための、“剣の理”を」


 刃が月光を受け、鈍く光る。

 レオンの立ち姿は、まるでこの時代の“剣そのもの”の象徴のようだった。


 「お前のスキルは、確かに限界に近い。

  だが――限界は“終わり”じゃない。

  その先に進めるかどうかは、自分次第だ」


 彼が剣を構える。

 その瞬間、焚き火の炎が風に揺れ、影が走った。

 ハルヒもまた、剣を取る。

 痛む腕を押さえながら、立ち上がった。


 「いい顔をするようになったな」

 「……まだ負けません」

 「当然だ」


 刃と刃が触れた瞬間、火花が散った。

 訓練の音が、夜の静寂を破る。


 リィナが遠くからその光景を見つめていた。

 「また無理してる……ほんとに、あの二人は」

 ミリアが苦笑しながら呟く。

 「けれど、あの稽古が彼を変えるの。

  “無”が、形を持ち始めている――」


 ハルヒの剣筋が次第に鋭くなる。

 レオンの一撃を受け止め、半歩退き、軸をずらして切り返す。

 時間の流れが、再びゆっくりと感じられた。


 (……動きが、見える……)

 (レオンさんの剣筋が……読める――)


 呼吸を合わせ、刃を交えるたび、世界が静止する。

 その中でハルヒは確信した。

 自分が戦っているのは、“剣”だけじゃない。

 これは、“時間”との戦いでもあるのだと。


 「いいぞ、その感覚を忘れるな!」

 レオンの声が雷のように響く。

 「剣は技じゃない、心と時間の調律だ!」


 最後の一撃――レオンの斬撃が、空を裂いた。

 ハルヒは辛うじて受け止めたが、膝をつく。

 剣が地に落ち、息が荒くなる。


 「……はぁ……まだまだ、届かないな……」

 「届かなくていい。届こうとする、その意志が剣を研ぐ」

 レオンは静かに剣を鞘に戻した。


 「明日、北の戦線に向かう。次の敵は“知恵”を持つ魔族だ。

  剣だけでは勝てん。――準備を怠るな」


 ハルヒは息を整えながら、頷いた。

 焚き火の火が小さく爆ぜ、夜空に火の粉が舞う。

 空を見上げると、満天の星が瞬いていた。

 その輝きの中に、彼は小さな希望を見た。


 (まだ終わらない。俺は、まだ……進める)


 その胸の奥で、時計の針が――また、ひとつ音を立てた。


 カチリ。


 それは、限界の先に生まれた“時の響き”だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ