--第104話 王都の心臓へ ― 未調査領域の扉
旧戦線跡地下墓域――ユグノア=オルディスの残影が消えたあの空間は、今もハルヒの視界の奥にこびりついていた。
白鋼の帳が閉じるように封印核の光が弱まり、静寂が満ちた瞬間、世界は再び“現在”へとつながった。
帰還の道は、来たとき以上にひどく荒れていた。
崩落した柱、折れた石槍、風化に逆らうように立つ巨大な碑文の断片。
そのすべてがまるで――
「まだ触れてはならぬ領域へ踏み込んだ」と告げてくるようだった。
「……戻ったら、報告は急がないとね」
先に立つセリナが、微かな息を吐く。
「うん。ユグノアの残影の言葉……あれ、学院が知らないなら絶対に問題になる」
ハルヒは自分の掌を見る。
封印核に触れたとき、わずかに残った光の痕跡が、まだ皮膚に沁みついている気がした。
時に触れ、記録に触れ、英雄たちの残響に触れ――
そのたび、何か“奥の層”へ引き込まれていくような感覚が強くなっている。
地上へ戻るまでの坂道は長い。
だが、陽光が見えてきた瞬間――ふたりは息を揃えて立ち止まった。
王都が見えていた。
高い城壁と、七区画に広がる塔。
その中心――王城の根元に広がる“黒い縁”。
影に沈んでいるはずのその場所が、今は白い靄をまとっていた。
「……あれ、前はあんな光なかったよね?」
「ええ。王都中心部、王城基底層……あそこはまだ“未調査領域”。
本来なら封鎖され、立ち入りも禁止されてるはずよ」
靄はただの光ではない。
ハルヒは、胸の奥がざわつくのを感じた。
(……封印の気配がする)
すでに四つの封印が揺らいでいると告げられていた。
ならば――
あれは“次の崩壊”の兆しなのだろうか。
学院へ戻ると、報告室にはすでに複数の教師と研究官が待機していた。
ユグノア封印の揺らぎ、地下墓域の構造、封印核の状態、残影の言葉――
ふたりは順を追って説明していく。
だが、ある報告のときだけ、室内の空気が固まった。
「――“七人目”という言葉が、また出たのか」
学院長のラウルが、重くつぶやく。
「一度目は風歌の森で、二度目は白鋼墓域。
そして今回も……七人目の存在を示唆する声が残っていた。
六英雄の記録には“七番目の候補”の名は存在していない。
けれど、証言だけは確実に残っている」
教師たちがざわめいた。
「その……七人目って、本当に“存在した”んですか?」
「記録上は――消されている。
名前も、外見も、功績も、すべてのページが“欠落”している」
学院長の指先が、机上の古文書の上を滑る。
開かれたページには、六英雄の章。
そしてそのすぐ後ろ――
一枚、ページが破られた跡があった。
「まるで“最初からなかったように”整えられた痕跡だ。
おそらく……歴史そのものに介入された」
「クロノ=シーア……」とセリナが呟く。
ハルヒの背中が、冷たいものに撫でられた。
(七人目……“彼女”を探せ……)
ユグノアの残影が残した言葉が胸に蘇る。
その“彼女”は誰なのか。
なぜ自分だけが聞こえるのか。
だが問いは、ひとつの提案で遮られた。
「――ハルヒ、セリナ。
次は王都中心部“基底層”の調査を頼みたい」
室内が静まり返る。
「王都の真下には、二百年前から存在が確認されている未知の地下空洞がある。
だが正式な調査は一度も完了していない。
理由は……」
学院長は窓の外、白い靄が立ち昇る王都中心部を指差した。
「“聖女ミリア”の封印が、そこに眠っているからだ。」
ハルヒは息を呑む。
六英雄のひとり。
あらゆる生体治癒魔術の原点であり、王都を救った大奇跡の担い手。
彼女の封印が揺らぎ始めているのなら――
(……また、一つ崩れてしまう)
そしてその崩壊は、七人目の“欠落”と結びついている。
そう直感した。
「準備はいい?」
「もちろん。行こう、ハルヒ」
白い靄は、まるで呼ばれるように揺れていた。
王都中心部――未調査領域。
ミリア封印の始点。
次の旅路は、王都の最も深い“心臓”へと向かう。




