--第103話 白鋼の子午線 ― 封じられた七人目
地底墓域のさらに最奥――
ユグノア=オルディスの封印核が消失した後に残った“深層断層”を、ハルヒとセリナは慎重に進んでいた。
空気は冷えきっていた。
水ではなく“記憶”がしみ出すような、奇妙な湿り気が肌を撫でる。
「……ここ、構造がおかしいわ」
セリナが壁に触れる。
白鋼の岩肌は、まるで脈動するようにわずかに震えていた。
生きている。
ハルヒは直感した。
この奥にあるものは、ただの封印ではない。
「ユグノアの映像……彼女は最後に言ってた。“六英雄の記録をすべて見た時、七人目が現れる”って」
「七人目の英雄……そんな記録、歴史書にはないわ」
「だから……隠されたんだろうね。時か、あるいは誰かによって」
ふたりが歩みを進めるにつれ、天井の裂け目から淡い光が漏れ始めた。
その光は、地上の月光とは明らかに質が違う。
白銀でも金でもない……“時間そのものの光”だった。
やがて視界が開けた。
そこは、巨大な楕円形のホールだった。
床に刻まれた白鋼の紋章。
周囲には、六つの台座。
台座の中心――
いずれにも、六英雄の象徴が刻まれている。
だが、それらはどれも中心へ“線”を伸ばしていた。
白鋼の子午線。
六点を結ぶ線は、中央で一点に収束している。
「……これ、封印陣よね。でも、対称性がおかしい。六点なら正六角形のはずなのに……」
「無理やり“七点目”を中心に引き込んだような形だ」
台座の中心――そこには何もない。
本来、何かがあったはずだ。
しかし、その痕跡だけがごっそりと抜け落ちている。
まるで七人目だけが、一度も存在しなかったかのように。
その瞬間――
ホール全体が震えた。
白鋼の子午線が、淡く、脈を打つ。
どこからともなく声が響く。
『……記録……削除……不許可……再構築、開始……』
「クロノ=シーア!?」
セリナが叫ぶ。
空間の中央に、黒い歪みが現れた。
ノイズのような、時間の残響。
その中心から――声が落ちてくる。
『……七人目は……存在してはならない……』
声は、明らかにクロノ=シーアのもの。
だが、いつもの冷徹な響きとは違う。
どこか焦りをはらんでいた。
「どういうこと……? “存在してはならない”って……」
『六英雄ハ……封印ノ器……
七ツ目ノ器ガ顕レレバ……時界ハ反転……
我ガ計画ハ……破綻スル……』
黒い裂け目が脈動し、ホールの子午線の光を吸い込み始める。
白鋼の床が軋む。
「やめろッ!」
ハルヒが叫び、時の刻印が手の甲に浮かび上がる。
その瞬間――
子午線の中央、“空白の台座”に光が集まり、渦を巻いた。
光は形を成し始める。
人影だ。
しかし完全には見えない。
輪郭だけが白銀に揺らめき、顔も、性別も分からない。
ただ、その存在だけが強烈だった。
『……“彼女”ヲ探セ……』
「……!」
ガルド=ベルムの残影が言っていた言葉と同じだ。
だが声は違う。
どこか幼く、そして深い哀しみを孕んでいる。
『ヒトハ……七ツ目ノ器ヲ……忘レタ……
我ガ意図デハナイ……時ガ……奪ッタノダ……』
白銀の影がハルヒに顔を向ける。
その視線だけは、はっきりと伝わってきた。
懇願、拒絶、怒り、希望――すべてが混ざり合ったような、複雑な力。
『……ハルヒ……キミハ……“彼女”ヲ……見ツケ……』
声が途切れた。
次の瞬間、影は激しく揺れ、白銀の光が弾ける。
ホールを覆っていた黒い裂け目が悲鳴を上げるように震えた。
『停止……排除……七ツ目ノ情報ハ……抹消対象……』
「させないッ!」
ハルヒが一歩踏み出した瞬間――
光が収束し、白鋼の子午線が沈黙した。
黒い裂け目も、影も、声も消えた。
ただ、子午線の中心に一つだけ――
小さな“白銀の欠片”が残っていた。
それは、涙のような形をしていた。
「……これが、七人目の……?」
「分からない。でも、確かに何かが残ったわ」
セリナが欠片を拾い上げる。
冷たく、だが脈を持つように鼓動していた。
ハルヒは静かに息を吸った。
「七人目……。
六英雄が隠し、クロノ=シーアが消し、時が奪った存在……」
「きっと次の封印が、その答えを示すわ」
地底墓域の天井から、白い粉塵がふわりと落ちてくる。
地上へ続く道の先で、微かな風が吹いた。
新たな導きが、また始まろうとしていた。




