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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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--第100話 深層墓路 ― 影を継ぐ静謀


 冷たい石の息が、足元から立ち上がってくる。


 旧戦線跡地下墓域――そこは、戦乱期の地脈を縫うように広がる、古代の地下迷宮だった。

 だが、ただの墓所ではない。


 戦線そのものが地底に“格納されている”──

 それが、学院の古文書に残された説明だった。


 ハルヒとセリナは、階段を降りるほどに増していく圧に思わず息を呑む。


 壁は黒灰色の岩盤で構成され、

 古い魔導刻印が、血管のように縦横へ伸びている。

 ところどころ欠損し、魔力が漏れ出すたびに、

 空気はひりついた“ざらつき”を帯びた。


「……ここ、普通の墓域じゃないわね」

「うん。あの感じ……まるで“前線の残像”が染み付いてるみたいだ」


 セリナは息を整えながら、壁の刻印に指を触れた。

 すると、石肌の奥で“影”が瞬き、人の形を成す。

 兵士たちの残滓。戦う姿のまま止まった影法師。

 そして、崩れた陣形の痕跡。


 ここに眠るのは、六英雄ユグノア=オルディスだけではなく、

 彼女と共に戦った“黒鋼戦線部隊”の記憶そのものだった。


 ──と、その時。


 奥の闇が、低く震えた。


 地鳴りではない。

 “何かが目覚めた”時によく似た、静かな脈動。


「……聞こえた? 今の」

「うん。たぶん、封印核の反応。

 でも……普通じゃない。どこか、歪んでる」


 ハルヒは歩を進めながら、眉を寄せた。


 風の封印でも、黒鋼の封印でも見られなかった、

 いやな感覚が背筋を撫でていた。


 “時の刻印”が、微かに疼く。


――ユグノア封印は、他の封印よりも“先に損耗した”。


 学院の報告書で見た一文が、ふと脳裏をよぎる。


(……壊れかけてるってこと?

 だから、こんなに残滓や影が強く出てる?)


 階段を降り切ると、視界が一気に開けた。


 巨大な円形の地下空洞。

 天井は見えないほど高く、闇の上層に霞むように消えている。

 中央には、白鋼の石棺が静かに横たわっていた。


 棺の側面には、無数の“傷”が刻まれている。

 明らかに何者かに攻撃を受けた痕だ。


「……ユグノア、守りきれなかったのね」

 セリナが小さく呟いた。


「いや……これは“外側”からじゃない」

 ハルヒは棺の縁に手を当て、確信する。


「中から……出ようとした“痕”だ」


 セリナは息を呑んだ。


 六英雄の封印。

 本来、内部から破られることはあり得ない。

 それは、英雄たち本人の“意思”が封印を閉じているためだ。


 それなのに、棺は内側から……。


「ハルヒ。……何か、いるわ」

 セリナの声は震えていた。


 棺の周囲、半透明の影が立ち上がる。

 それは“兵士たちの残滓”とは異なる輪郭だった。


 策謀の印を胸に刻む影。


 ユグノア=オルディス直属の精鋭――


 《黒鋼戦線策謀隊》の残魂。


 彼らは一糸乱れぬ隊列で立ち上がり、

 ハルヒを認識した瞬間、すべての影が膝をついた。


 セリナが慌ててハルヒに振り返る。

「ちょ、ちょっと待って!? どういうこと!? なんで膝をつくの!?」


 ハルヒも首を振る。

「わからない。けど……たぶん、“時の刻印”に反応してる」


 影たちの声が、重なるように響く。


『来訪者……

 時の継承を帯びし……時の“観測者”……

 我らはユグノア様の遺命に従う……』


 墓域の空気が、凍りつく。


 ハルヒの胸がざわついた。

 “観測者”──どこかで聞いた言葉だ。


 ガルド=ベルムの残影が告げた言葉が蘇る。


――『時が……裂レル前ニ……“彼女”ヲ探セ……』


(彼女……ユグノアのことじゃない。

 でも、ユグノアは確実に“時”と関わってる。

 やっぱり、この封印……他より先に壊れたのは──)


「セリナ……この墓域、やっぱり危険だ。

 封印そのものが、不安定になってる」


「ええ……。私の魔力感知でも分かる。

 これ、普通の残滓じゃない。

 “割れた記録”が濃度を増して溢れてる感じ」


 影たちはゆっくりと立ち上がり、棺の奥へ道を作るように身を引いた。


 その奥へ続く墓路は、他よりも暗く、

 白鋼の床石はひび割れ、魔力の欠片が血のように滲んでいた。


『彼ノ地──

 ユグノア様ガ眠ル“最深部”へ……』


『彼女ハ……未ダ眠リ……

 時界ト繋ガレ……タ……ママ……』


 風が吹くはずのない地底で、

 冷たい流れがふたりの肌を撫でた。


 ハルヒは無意識に拳を握る。


(ユグノアはまだ眠ったまま……

 でも、その眠りが“正しいもの”じゃない。

 むしろ……閉じ込められてる?)


 セリナが隣で短く頷いた。


「行きましょう、ハルヒ。

 ……ユグノアに会わないと、本当の状況は分からない」


「うん。たぶん……この封印が、一番根深い」


 墓域最深へ続く道は、

 白鋼の火を灯したように微かに青白く輝き、

 ふたりを静かに誘っていた。


 そして、最深部で待つものこそ――


 “策士ユグノア=オルディスの真なる封印”

 そして、

 **時界の崩壊へ繋がる、最初の“鍵”**であった。



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