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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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--閑話  帰還の灯-次なる戦線の前で


 地底洞窟を包んでいた黒鋼の光が消えたあと、しばらく――

 ふたりは、ただ岩肌に背を預けて呼吸を整えていた。


 ガルド=ベルムの《遺託》は、まだ胸の奥に熱源のように残っている。

 それは戦斧の石核でも、封印の一部でもなく……

 “声”と“記憶”の名残だった。


「……戻ろう、ハルヒ。ここに長くいると、また時の乱流が来るわ」


「うん。ガルドの言葉も……早く学院に伝えないと」


 黒鋼の守護者の残響が完全に消えた洞窟は、

 もはやただの静かな地底空洞――のはずだった。


 だけど、背中に落ちる風はわずかに震え、

 岩壁の影が一瞬だけ“揺らいだ気がする”。


 六英雄の封印は、すでに三つが崩壊しはじめている。


 ただ戻るだけでも、危うさと隣り合わせの帰路だった。


    

 洞窟を抜けた瞬間、刺すような冷気が頬を撫でた。


 北壁山脈の断崖は、すでに夕紺の色を濃くしている。

 崖上の空は澄んでいるのに、風は妙にざわついていた。


 まるで、ガルドの残影が消えた空洞を埋めるように――

 見えない者たちの声が寄せてくるような、落ち着かない気配。


「早く山を下りましょう。……嫌な風の流れね」


「セリナにも、分かる?」


「ええ。ガルド=ベルムの封印が“抜け落ちた”分、

 この地域の時圧が低下してる。時の干渉が入り込みやすいわ」


 六英雄の封印は、世界の“根”を押さえる杭のようなものだ。

 一柱が揺らげば、周囲の時空は脆くなる。


 その証拠に、崖沿いの石階は来たときよりもひび割れ、

 細い雪片が時折、逆流するように落ちてくる。


 ハルヒは足を速めた。


     


 麓の街に戻った時には、街灯に灯が入りはじめていた。


 冒険者たちのざわめきや、鍛冶炉の赤い炎の匂い。

 この街の喧騒は、洞窟で聞いた死者の息遣いとは対照的だ。


「なんだか……戻ってきたって感じだね」


「ええ。あの静寂からすると、ここは眩しいくらい」


 学院への臨時連絡所へ足を運ぶと、

 担当の魔導士が慌てて立ち上がった。


「おふたりとも! 北壁の調査結果は……?」


 セリナが静かに報告書を差し出した。


 北壁山脈断崖での封印の崩壊、

 ガルド=ベルムの残影との接触、

 そしてハルヒだけに届いた“忠言”。


『時が裂ける前に、“彼女”を探せ。』


 魔導士は思わず言葉を詰まらせる。


「“彼女”とは……先代英雄の誰かでしょうか?」


「特定はできません。けれど、

 六英雄の封印には、まだ秘匿された系譜があるはずです」


 セリナの声は低い。

 学院も、すでにこの問題をただ事ではないと理解している。


「学院宰相からも指示が出ています。

 次の封印地点――“旧戦線跡地下墓域”への調査を急ぐように、と」


 やはり繋がった。

 風鳥が示した次の行き先と、学院の指示は一致している。


「準備には……一晩で足りる?」


「うん。道具も整ってるし……

 でも、セリナは?」


「私は大丈夫。逆に急がないと――

 残った封印が次々に崩れていく可能性があるわ」


 死線を越えた直後のはずなのに、

 セリナの瞳は研ぎ澄まされた光を帯びていた。


 ガルド=ベルムの“誓い”が、彼女にも確かに届いているのだろう。



 宿に戻る頃には、風は夜気を孕みはじめていた。


 ハルヒは窓を開け、遠くの山影を見つめる。

 薄い霧が山を覆い、その奥に――古戦場の気配が眠っている。


 ふと、ポケットの中の《黒鋼の欠片》が震えた。


「……まだ、何か伝えたいの?」


 石核は、風を切るように一瞬だけ光った。


 だが、言葉にはならない。

 ガルド=ベルムという英雄の記憶は、完全には残っていないのだ。


 それでも――

 ハルヒは確かに感じていた。


 次の封印には、“彼女”に近い影が潜んでいる。


「ユグノア=オルディス……

 六英雄の中でも、もっとも記録が曖昧だった人……」


 名前を呟いた瞬間、黒鋼の欠片がわずかに震えた。


 まるで肯定するように――


     

 翌朝。


 荷をまとめたハルヒとセリナは、学院前の転移魔方陣へ向かった。


 風の歌は止み、山脈の方角には重苦しい雲が垂れこめている。


「行こう、セリナ。

 ……旧戦線跡へ」


「ええ。次の封印――ユグノアの眠る場所へ」


 青白い転移光がふたりを包み込む。


 封印の崩壊は、すでに四つ目へと連鎖しようとしていた。

 六英雄の“真実”に触れる旅が、次の扉を開こうとしている。



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