--第98話 封印核の覚醒 ― 黒鋼の遺託
地鳴りが、洞窟神殿の土台そのものを震わせていた。
戦斧守護者の巨躯が崩れ落ち、黒鋼の結晶が風に還るように散ったあと。
残されたのは、最奥の祭壇――その中央に埋め込まれた、黒鋼の封印核だった。
まるで石ではない。
鉱石でもない。
光の脈動だけで構成された“心臓”のような球体。
ハルヒが一歩踏み出すと、核の鼓動が応じるように強まり、足元の紋章が淡く浮かび上がった。
「……動いてる。まるで、私たちを“待ってた”みたい」
セリナが囁き、慎重に結界を展開する。
しかし、その結界の膜が、核から漏れる波動に触れた瞬間――ぱん、と小さく弾け飛んだ。
「っ……!?
魔力を拒絶してる……六英雄の封印、やっぱり普通じゃない」
「うん。風の封印核と……同じ感じだ」
ハルヒが核にゆっくり手を伸ばす。
触れた瞬間――
空間が“裏返った”。
視界が白く抜け落ち、続いて黒灰の戦場が広がった。
砕けた城壁。雪のように降り積もる黒耀片。
そして、巨影たちの咆哮。
――これは、記録映像。
だが、前の二つとは違い、映像の輪郭がほとんど崩れていない。
六英雄《黒耀のガルド=ベルム》の記憶そのものが、鮮烈な重みをもって流れ込んできた。
巨躯の戦士が、戦斧を振り下ろしながら叫ぶ。
『――ッ、この戦線は崩させん!!』
声は確かだった。
顔は相変わらず“欠けて”いるのに、叫びだけは鮮明に響く。
セリナの姿はなく、これはハルヒだけが見ている光景。
ガルド=ベルムは数え切れないほどの魔獣を薙ぎ払い、
しかし、次の瞬間――空間が“ひしゃげた”。
紫黒の裂け目が生まれ、そこから無数の“時の砂塵”が流れ込む。
『クロノ=シーア……ッ!』
彼の声が震える。
戦場が歪み、倒れ伏す戦士たちの影が“逆再生”のように立ち上がり、
また別の瞬間には“先の未来”らしき姿で灰となった。
時が、狂っている。
その只中で、ガルドだけが――唯一抵抗していた。
『……時の子が来るのか。
ならば――託すしかあるまい』
戦斧が地に突き立てられた。
その衝撃で映像が軋み、崩壊を始める。
『この戦斧の誓いも……黒鋼戦線に倒れた仲間の魂も……
時が奪おうとするなら――守ってくれ。』
その言葉と同時に、ガルドの記録は風化した砂のように散った。
最後だけ、はっきりとした声が残る。
『“彼女”を……守れ。
それが、時を繋ぐ唯一の道だ……』
「――ッ!」
ハルヒは現実に引き戻され、息を飲んだ。
目の前の封印核は淡く輝き、内部の光が“羽根”の形を取っている。
風の封印核と同じ――いや、それ以上に意味深な形。
セリナが駆け寄る。
「大丈夫!? 今の……視えたの?」
「うん。ガルド=ベルムの……最後の戦い、みたいな映像だった」
ハルヒは震える息を整え、続けた。
「そこで、また言われた。“彼女を守れ”って」
「彼女……一体誰のことなの……?」
セリナは眉を寄せ、周囲の魔力を探るように視線を巡らす。
そのとき、封印核が“ぱきん”と音を立ててひび割れた。
「っ!? 封印が――」
光が吹き上がり、黒鋼の粒子が天井へ向けて飛び散る。
それらは一つの軌道を描き、洞窟の奥――さらに地の底へ続く裂け目へ消えていった。
まるで次の封印の座標を示す道標のように。
「下層……? ガルド=ベルムよりさらに“深い”封印があるってこと?」
「分からない。でも……核が、そっちに流れていった」
次の封印、
六英雄の五人目――《ユグノア=オルディス》。
地底の戦線跡に眠ると伝えられる、
“墓域の守護者”とも呼ばれた英雄。
洞窟の裂け目から吹き上がる風は冷たく、
そこにかすかな“声”が混じった。
――来て。時の子よ。
ガルド=ベルムの声ではない。
もっと古く、深く、静かな声。
セリナも聞こえたらしく、震える瞳でハルヒを見た。
「……今の、誰?」
「たぶん……次の“英雄”だ」
風が止む。
封印核の光は完全に消え、黒鋼の鼓動も消滅した。
六英雄の封印は――また一つ、崩れた。




