--第11話「千年前の戦場」
目を開いた瞬間、世界は紅く染まっていた。
炎が空を裂き、黒煙が渦を巻く。
地響きと咆哮が交じり合い、空気そのものが焼け焦げている。
焦げた鉄の匂いと血の香りが混ざり、喉が焼けつくようだった。
「……ここが……千年前の……世界……?」
ハルヒは息を整えながら、剣を抜く。
そこはもはや“過去”という言葉では表せない。
時の流れそのものが、現実のように確かにそこにあった。
周囲に転がるのは、無数の人間と魔族の骸。
崩れた城壁の影から、禍々しい魔力の塊が這い出してくる。
その姿は人間に似て非なるもの――角、鱗、異形の腕。
「魔族」――書物の中でしか知らなかった存在だ。
「チチ……チチ……」
胸の古びた時計が、不規則に音を立てている。
針が揺らぎ、まるでこの時代の空気に反応しているようだった。
「……こいつが、俺をここに導いたのか?」
呟いた瞬間、背後から轟音。
爆風に吹き飛ばされ、ハルヒは地面に叩きつけられた。
見上げた空には、漆黒の翼を持つ巨影が浮かんでいた。
翼を一振りするだけで、十数人の兵士が吹き飛ばされていく。
「“飛竜種”か……!」
思考より先に身体が動く。
スキル《瞬動》を発動。風を切るように走り抜け、飛竜の顎下へ。
剣を突き立てると同時に《反動制御》を重ねる。
だが――
「硬ぇ……ッ!」
刃が鱗をかすめただけで弾かれた。
反動で吹き飛ばされ、地面を転がる。
飛竜の咆哮が空を裂き、ハルヒの鼓膜を揺らした。
だが、その時だった。
「《アーク・スラスト》!」
眩い閃光が、飛竜の翼を貫いた。
光が爆ぜ、巨体が地に叩きつけられる。
その隙に、数人の戦士が一斉に駆け込む。
「よく耐えたな、異国の剣士!」
炎の中から現れたのは、黄金の鎧を纏う青年。
燃え盛る剣を片手に、眩いオーラを放っている。
「レオン=ヴァルグレア……?」
その名を呟いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
歴史書の中で何度も読んだ――“剣聖”の名。
ハルヒは思わず立ち上がり、その光景を息を呑んで見つめた。
彼の後ろには、仲間たちの姿があった。
青髪の聖女ミリア=ルゼリアは癒しの光を放ち、
獣人戦士ガルド=ベルムが盾を構える。
風をまとった少女リィナ=ヴェルセリアは、竜の翼を翻すように舞い、
弓を構えたセリア=ノアールの矢が、敵の目を正確に射抜く。
そして、後方で冷静に戦況を読み取る策士ユグノア=オルディス。
――六人の英雄。
その瞬間、戦場の全てが伝説へと変わった。
*
「見ない顔だな。どこの部隊だ?」
レオンが剣を納め、ハルヒを一瞥する。
その目は鋭いが、どこか人を試すような優しさもあった。
「俺は……ハルヒ・クロノス。王都騎士学校――いや……そんな場所、ここにはまだ……ないのか」
「王都の騎士学校? 聞いたこともないな」
レオンは眉をひそめる。
「だが戦いの腕は悪くない。今の立ち回り、只者じゃない」
ミリアが駆け寄り、手をかざす。
淡い治癒の光がハルヒの傷を包み込む。
「あなた、魔力の流れが……妙ね。まるで“時の外”から来たみたい」
「時の……外……?」
ハルヒは言葉を詰まらせる。
ミリアは首を傾げ、優しく微笑んだ。
「まあ、難しいことはあとでいいわ。今は――助けが必要な人たちがいるの」
視線の先には、崩れた瓦礫の下に倒れた少女の姿。
血に濡れた白い髪が風に揺れ、かすかに息をしている。
「彼女を……助けて」
ミリアの声に、ハルヒは頷いた。
スキルを発動し、瓦礫を跳ね除ける。
崩れた石の隙間から、少女の手が覗いた。
その指先に、かすかに光る印章が刻まれている――それは、古の“時の紋章”。
「この子……まさか……」
風が吹き抜け、砂埃が舞う。
少女のまぶたが、ゆっくりと開かれた。
――そして、ハルヒの視線が交わる。
その瞬間、古びた時計の針が震えた。
時間が、また動き出す。




