--第97話 戦斧の誓い ― 地を裂く者
轟音が、洞窟神殿の最奥を揺さぶった。
黒鋼の壁が振動し、砕けた岩片が降り注ぐ。
降り注ぐ砂塵の向こう、赤い光が咆哮のように脈打っている。
――守護者は、まだ倒れていない。
ハルヒは荒い息を整えながら、
戦斧の残影を睨んだ。
巨体は崩れかけながらも、なお立っている。
その肩から滴る光は血のようで、地面に触れた途端、重力を持って沈み込んだ。
「……あれで、まだ終わってないの?」
セリナが震える声で呟く。
「うん。あれは……“本体”じゃない。
ガルド=ベルムの誓いが、まだ形を保ってる」
守護者の胸部――そこに浮かぶ《戦斧の紋章》が、脈動を続けている。
あの脈動が止まらない限り、残影は何度でも立ち上がる。
巨軀が、ゆっくりと首を持ち上げた。
――いや、首はない。
ただそこに“あるはずの部位”へ向けて、意志だけが動く。
砂嵐のようなノイズをまとい、巨大な戦斧が再び握り直された。
『……誓……守……ル……』
その声は、洞窟全体に響く重圧となった。
言語にもならない断片だけが、ハルヒの刻印に触れた瞬間、意味を持つ。
「……誓い?」
ハルヒは呟き、胸がひどく締め付けられるのを感じた。
戦斧が地面に向けて振り下ろされる。
轟音。震動。
地の奥深くへ亀裂が奔り、そのまま数十メートル先まで伸びていく。
「避けて!」
セリナが叫ぶと同時に、ハルヒは彼女の手を引いた。
亀裂が足元を裂く。風ではなく、岩そのものが唸りをあげて崩れていく。
落ちた瞬間――
ハルヒの視界に、“別の影”が映った。
あれは……。
(……彼じゃない。
でも、すごく……似てる)
戦斧を振りかぶる影。
しかし、これは守護者の姿ではない。
――六英雄、ガルド=ベルム本人の幻影。
わずかに、揺らぎの隙間に“彼の意志”が滲み出る。
(守りたいものが……あったんだ)
巨体が再び戦斧を構える。
ハルヒは落ちた岩盤に片足をつき、深く息を吸った。
「セリナ、距離取って!」
「な、何をする気!?」
「……向き合う。
ガルド=ベルムが守ろうとしてる“誓い”の正体と」
セリナが息を呑む。
「……あんた、まさか――」
「大丈夫。
たぶん、俺じゃないと届かないから」
戦斧の衝撃波が、洞窟の内部全てを震わせた。
黒鋼の柱が倒れ、砂塵が舞い上がる。
ハルヒはその中央へ足を進めた。
巨影が、正面から彼を捉える。
戦斧が、太い腕で高々と持ち上げられる。
――その動作に、なぜか規則がある。
まるで“儀式”のように、同じ型を守っている。
ハルヒは胸の奥で確信した。
ガルド=ベルムが最後に遺した“誓い”。
彼がこの地を守り、仲間を守り、そして――
六英雄の一員として背負った重荷。
戦斧が振り下ろされる瞬間、ハルヒは一歩踏み込んだ。
「……ガルド=ベルム!」
呼びかけた声が、空気を震わせた。
戦斧の軌道が、わずかに揺らぐ。
その隙間に――光が走った。
刻印が反応した。
風でも、炎でも、雷でもない。
“時”が、ハルヒの周囲だけ静止した。
戦斧の軌跡が停まる。
守護者の巨体が、まるで影絵のように凍りつく。
ハルヒはその胸部の紋章へ手を伸ばす。
「あなたの誓い……俺が受け取る!」
触れた瞬間、紋章が砕けた。
刹那、洞窟の空気が風のように逆流した。
巨体がたわみ、砂嵐の残影が一気に枝葉のように散る。
光が、爆ぜた。
周囲すべてが白く満たされる。
そして――
微かな声が、ハルヒの耳にだけ届いた。
『……預……ケ……タ……
六……ツ……ノ……誓……イ……
時……ガ……狂……ウ……前……ニ……
彼女…………ヲ……』
「……“彼女”って、誰なんだ……?」
問いかけた時には、もう声は消え失せていた。
残影は完全に霧散し、巨体の輪郭も黒鋼の粒子へと溶けていく。
セリナが駆け寄ってきた。
「ハルヒ! 大丈夫なの?」
「うん。
ただ……誓いの一部が、俺の中に入った感じがする」
胸の中心――時刻印が鈍く光った。
「六英雄の封印……本当に崩れ始めてるのね」
セリナが、溶けゆく残影を見上げながら呟く。
「次の封印へ急がないと。
“時界”が本当に狂い始めるわ」
「……分かってる。
だけどその前に――」
ハルヒの視線が、洞窟の奥へ引かれる。
そこにはまだ、
ガルド=ベルムの“核心”が隠れている気がしていた。
六英雄の誓いは、まだ終わっていない。




