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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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--第96話 黒鋼戦線の遺魂-ガルド=ベルムの守護者


 石階を降りるたび、空気がひとつずつ層を変えるようだった。


 湿った冷気。

 次に、金属の匂いを帯びた硬質な風。

 そして――耳の奥に響く、低い共鳴。


 断崖の内部は、まるで古代戦場の記憶そのものが封じ込められたような、息苦しいほどの圧を放っていた。


「……見て、ハルヒ」


 先を照らすセリナの光術が、広い空洞を照らした。


 そこには――


 黒鋼の巨兵たちが、壁一面にずらりと並んでいた。


 人型だが、表情はなく、目は空洞。

 鋼で造られた守護像。それはすでに動くことはない……はずなのに、どこか生々しい“気配”がある。


 ハルヒは思わず息を呑んだ。


「これ……全部、ガルド=ベルムが造ったの……?」


「記録では、彼は英雄の中でも“広範囲攻撃”に長けていたそうよ。

 戦場では絶大な信頼を得ていた」


 セリナの声にも微かな震えが混じっていた。


 黒鋼の兵は、まるで迎撃の体勢のまま固まっている。  今にも動き出しそうな圧迫感。


 足を踏み出すたび、音が響いた。


 その瞬間――


 空気が反転した。


 風が瞬時に冷え、黒鋼兵の目に青白い光が灯る。


「ハルヒ――!」


「くる!」


 壁に並んでいた黒鋼兵が、乾いた音を立てて首を動かし、一斉にふたりへ向き直る。


 その背後――さらに奥の影の中から、ゆっくりと“本体”が歩み出た。


 黒鋼の鎧に包まれた巨躯。

 戦斧を片手に、胸部にはガルド=ベルムの紋章。


 しかし顔は――他の兵と同じように、空洞のまま。


 セリナが吐息のように呟く。


「……これが、“ガルド=ベルムの守護者”……?」


 黒鋼の巨兵――その存在は、封印を守るためだけに残された“戦線の遺魂”。

 六英雄の残影が失われつつある今でさえ、この守護者だけは機能し続けていた。


 巨兵がわずかに腕を上げ、戦斧が空気を唸らせる。


 そして、空洞の口が、言葉にならない音を漏らした。


『■■■■■■――』


 声にならない声。

 クロノ=シーアの干渉によって、言語そのものが削れた叫び。


 だが、ハルヒには――ほんの一瞬だけ、意味が“届いた”。


 ――《ここを、通すな》。


「……戦うしかないみたいだ」


「でも、守護者は本来、封印の“鍵”でもあるはずよ。

 完全に壊したら――」


「分かってる。

 “止める”んじゃなくて、“道を開く”んだ」


 黒鋼兵たちが一斉に動き出し、金属音が洞窟に散る。


 先頭の一体が斧を振り下ろした瞬間――


 ハルヒは前に出た。


 時の刻印が光り、軌道が“遅れて見える”。


 回避し、斬り返すと、黒鋼の胸部に罅が走る。  しかし倒れない。

 罅の間から青白い光が吹き出し、また形を再構築する。


「自己修復……!?」


「英雄の遺産だもの……安易には壊れないってことね!」


 セリナが杖を構え、風の刃が音もなく飛ぶ。

 しかし黒鋼兵の防御で軌道をそらされ、火花だけが散った。


 その一瞬の隙を逃さず、巨兵――守護者が動く。


 戦斧が横薙ぎに振るわれ、空気がひずむほどの衝撃が押し寄せた。


 ハルヒは地面を蹴って飛んだ。

 その背後で壁がえぐれ、岩片が雨のように降る。


「ハルヒ、下!」


「……分かってる!」


 黒鋼兵三体が同時に突進。

 だがハルヒは、逆に“落下する石片”を利用して跳び、彼らの頭上に着地。


 剣を振り抜いた。


 時の刻印が閃光となり、三体は一斉に停止した。


 動きの止まった兵たちは、まるで時間を奪われたかのように色を失い、その場に崩れ落ちる。


 セリナが驚きに目を見開いた。


「……刻印が、彼らの“時間”と干渉した?」


「守護者の核と近い仕組みなんだ。

 本体にも――効く、かもしれない」


 視線を前に向ける。


 巨兵は、ただ黙って立っていた。

 その空洞の目が、さらに深く青く光る。


 ――《来い》。


 そう聞こえた。


「行くよ、セリナ。

 ここを抜けなきゃ、ガルド=ベルムの封印に辿りつけない」


「ええ……あなたの後ろは任せて!」


 ふたりは駆け出した。


 守護者が踏み出す一歩ごとに、大地が震える。


 古代戦線の遺魂と、時を宿す少年の激突が――

 断崖の深奥で、いま始まろうとしていた。



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