--第95話 地底洞窟-断崖を継ぐ者
断崖の奥へと続く石階段は、まるで大地そのものが息絶える直前に抉り取られたような、荒々しい造りをしていた。
壁は黒灰色の層を成し、触れれば細かな金属片が剥がれ落ちる。
六英雄の時代、この山脈は“黒耀の背骨”と呼ばれ、世界の防壁として用いられていたという。
だが今は、かつての威容の端々が朽ちかけ、風だけがその名残を撫でている。
「……足場が不安定ね。古代の階段なのに、妙に“削られて”いるわ」
先頭を歩くセリナが、くずれかけた段差を慎重に踏み込む。
靴底が触れるたびに、金属質の砂がさらさらと音を立てた。
「何かが……通ったんだと思う。凄い強度の爪痕っていうか……」
ハルヒは壁に指を触れた。
そこには鋭利な斜線の傷跡が何本も走り、どれも“岩を引き裂いた”としか思えない深さだった。
洞窟の奥で、風が鈍い唸りを上げる。
いや――風だけではない。
その奥に“何かの気配”が混じっている。
六英雄の封印が崩れつつあるという事実が、
この空間全体をひずませているようだった。
「……足音、聞こえた?」
「ううん。だけど、空気が重い。
ガルド=ベルムの残影……まだ完全には消えてないのかもしれない」
そう言った瞬間――
洞窟が震えた。
ぐらり、と。
断崖の半身が揺れるような、大気そのものの震動。
「! 上から……!」
ハルヒが避けるより速く、
黒い影が天井から落ちてきた。
岩を砕き、砂塵が吹き荒れる。
古代の石壁に、巨大な“翼”の影が張りついた。
さっき上空を横切ったあの存在。
その正体がようやく姿を現した。
岩に突き刺さったのは、
刃のように尖った漆黒の翼。
翼膜は金属のような光沢を帯び、節々には古代兵器じみた符刻が刻まれている。
「……鳥じゃない。これは…“造られた古代獣”?」
「六英雄時代の……護衛精霊兵かもしれないわ」
翼の影が動いた。
目はないはずなのに、
洞窟の奥で二つの白い光が、風をすり抜けてハルヒたちを射抜く。
甲高い音が発せられた。
言語とも鳴き声ともつかぬ、
金属同士をこすり合わせたような、不快な音。
「退いて!」
セリナが風障壁を張る。
同時に、その巨大な翼が鋭利な鎌のように薙ぎ払ってきた。
風障壁が軋む。
触れた部分が白く焼け、金属の粉が飛び散る。
(強い……!)
ハルヒは思わず息を呑んだ。
六英雄の古代獣であるならば、
単体で討伐隊クラスの戦力と同等かもしれない。
何より、その翼には“封印の欠片”が喰われている。
翼の一部が淡く光っているのだ。
「……封印を、吸収してる?」
「封印崩壊で流れ出た魔素を取り込んでるんだわ。
だから……暴走してる!」
翼の影が、ふたりに覆いかぶさるように飛びかかる。
ハルヒはとっさに身を低くし、足元の岩を滑らせるように後退。
その瞬間、翼が突き刺さった床が“黒熱”し、融けるように崩れた。
「くっ……!」
セリナが手を伸ばす。
「ハルヒ、伏せて!」
風の刃が連続して放たれ、
暴走古代獣の翼を弾く。
だが硬い。
刃が削られ、散る。
「こいつ……ガルド=ベルムの武装、戦斧と同じ素材……!」
「なら、斬れないのは当然ね……っ」
狭い洞窟の中で、激しい衝突が続く。
そのとき――
奥から低い“呻き声”が響いた。
風でも、獣でもない。
もっと重く、古い響き。
暴走古代獣が一瞬だけ動きを止め、
その声の方を向いた。
「……下だ。封印の“核”がある」
ハルヒは確信した。
この古代獣は、封印の力に惹かれている。
つまり――導きを逆に辿れば、封印そのものへ至る。
(ガルド=ベルムの封印は……まだ崩れていない。
でも……何かが“目覚めかけて”いる)
古代獣が再びこちらを向く。
今度は、完全に殺意のみを宿した動きで。
「行くわよ、ハルヒ。ここを突破する!」
「うん!」
二人は洞窟の奥――封印の最深部へ向け、
暴走した黒翼の古代獣を振り切る形で走り出した。
地底洞窟の奥には、
六英雄の“真実”が眠っている。
そしてその影が生前守った“何か”が――
ゆっくりと、闇の向こうで目を覚まそうとしていた。




