--第93話 学院へ帰還と報告
風歌の森からの帰路は、湖の光がやけに静かで、逆に胸騒ぎを覚えるほどだった。
風裂の庭で見た“時響の奔流”の爪痕は、森の奥にまで広がっている。
倒木の角度が微妙に違う。
根の向きが逆転している。
精霊の歌が、息継ぎを忘れたように途切れ途切れだ。
「……ほんとに、時間が揺れたんだな」
ハルヒがぼそりと呟く。
「うん。森全体が“揺さぶられた”みたいだった。
……あれを起こしたのが、封印核の反応……?」
「だとしたら、六英雄の封印は思ってる以上にヤバそうだな」
そう悪態をつきながらも、ふたりは急いだ。
学院に報告すべき内容はあまりにも多い。
そして、時間の崩れが徐々に拡大している可能性すらある。
学院へ帰還
学院の門に戻った瞬間、緊張の糸がほんの少しだけ緩んだ。
見慣れた高い尖塔。青い結界の光。
学生たちの声が淡く響く日常。
だが——その日常の上に、ふたりが持ち帰った報告は容赦なく落ちる。
報告会議 ― 専任講師エルドと学院長ラウル
「……風の封印も“記録の欠落”か」
学院長ラウルは、ふたりの報告を聞き終えて長く息を吐いた。
執務室に漂う古書の匂いが、今日だけは刺すようだ。
「セリア=ノアールの映像、そしてリィナ=ヴェルセリアの記録……
どちらも“顔の欠落”……。
人格の輪郭が曖昧になり、記録自体が歪む……」
セリナが机に置いた魔導書をそっと撫でながら言う。
「それに、クロノ=シーアの干渉と思われる時間の乱流。
学院長……これ、ただの封印じゃありません」
「わかっている。
六英雄の封印はただの封印ではなく、“世界線の基軸”に関わっている」
ラウルの声は重かった。
「特に今回確認した三つの封印は、いずれも“同じ符号”で歪んでいる。
六英雄に共通する要素……まだ断片だが、はっきりしたことがある」
ハルヒが顔を上げる。
学院長は一拍置いて言った。
「六英雄は、“クロノ=シーアと接触した可能性が高い”」
部屋の空気が、わずかに震えた。
「……! 六英雄が……彼女と?」
「あり得ないとは言い切れん。
時を読む者クロノ=シーアは、古代の終焉期に姿を消した。
だが、それ以前……六英雄の時代には確かに存在していた」
「だから記録が歪んでる……?
“彼女”が時を弄ったから?」
「推測に過ぎんが、可能性は高い」
沈黙。
古時計の音だけが規則正しく響いた。
旅の支度 ― 北壁山脈へ
報告を終えたふたりは、学院の中庭で次の準備を始めた。
穏やかな午後の光の中でも、胸の奥のざわつきは晴れない。
「……三つの封印が“崩れかけている”って、学院長は言ってたけど」
「つまり、俺たちが動かないと……世界の時間軸が危ういってことだよな」
セリナは無言で頷いた。
魔導書が、ぽうっと淡い光を灯す。
「光の一羽が向かった先……北壁山脈の断崖。
古文書によると、あそこには“地底に繋がる大階”があって……
六英雄のうちの一人の封印が残されてる可能性が高い」
「次は……誰の封印だ?」
「記録では……重戦士ガルド=ベルム」
「なるほど、単純に強そうなやつだ」
「……問題は“戦闘力”じゃないと思うけどね」
風裂の庭のように、記録が歪む。
顔が欠ける。
声が乱れる。
封印されている“何か”の危険度は、ますます増している。
「よし、準備は整ったか?」
ハルヒが荷物を肩に担ぐ。
「いつでも行けるよ」
「じゃあ——北壁山脈へ向かうとするか。
光の一羽の示した先へ」
ふたりは学院をあとにし、北へ向かって歩き出した。
深まる風の冷たさが、次なる試練の厳しさを告げているようだった。




