--第91話 風裂の庭-リィナ=ヴェルセリアの封印
風に裂かれた領域 ― 封印領域《風裂の庭》
風歌の森の奥へ踏み込んだ瞬間、
二人の足下の大地が“音を失った”。
――すっ、と何かが沈む。
次の瞬間、世界が縦に割れた。
大地が裂けたのではない。
空間そのものが、真っ二つに引き裂かれている。
音のない風が、その亀裂から吹き出す。
冷たく、しかし痛いほど鋭い風――
まるで時間の縫い目を通り抜けてきたかのような風だった。
「……ここが、リィナ様の“封印領域”。
《風裂の庭》……なのね」
セリナが魔導書を抱きしめたまま呟く。
「森の奥って感じじゃないな……。
ここだけ、時間が違うみたいだ」
ハルヒの刻印が、かすかに疼いた。
風に混じり、かすかに精霊の囁きが重なる。
――わたしは、まだ……ここにいる……
でも、触れられない……
それはリィナの声の“名残”。
だがその先を紡ぐ前に、亀裂の底で光がうねった。
封印の守護獣
《風の翼獣》、出現
裂け目の空気が、轟音とともに形を変える。
ふわりと浮かぶ羽毛。
それらが渦となり、
――翼を持つ獣の形へと収束する。
狼にも、鳥にも似ている。
しかし輪郭は不安定で、
実体と残響が交互に切り替わる。
「反応パターン……実体、残像、実体……」
セリナが瞬時に見抜く。
「攻撃……当たるのか?」
「半分は霧みたいに抜ける。
でも――ハルヒ、あなたは違う」
セリナの視線が、刻印に向く。
「時の刻印が触れれば、“位相が確定”する。
つまり――あなたの一撃だけが本当の意味で届くはず」
獣が風を裂き、飛びかかる。
質量を持った一撃。しかし、次の瞬間には霧と化す。
ハルヒは深く息を吸った。
「……行く」
刻印が光る。
翼獣に触れた瞬間――
ズバンッ!
霧だった輪郭が、一瞬だけ“固まる”。
そこへセリナの光弾がぶつかり、
獣の体は大きくよろめいた。
「やっぱり……ハルヒの刻印が鍵よ!」
「なら、合わせる!」
ハルヒがひとつ、二つと刻印の光で獣の位相を押さえ込み、
セリナがその“確定した瞬間”へ魔力を叩き込む。
共鳴が走る。
風が砕けるように舞い散る。
獣が断末魔をあげ、
裂け目の風に吸い込まれ消えていった。
リィナ=ヴェルセリアの記録映像
戦いが終わった瞬間、
風裂の庭が静寂に包まれた。
亀裂の中央に、淡い光の柱が立ち上がる。
「あれは……記録映像よ」
「セリア=ノアールの時と同じ……?」
「ええ。ただ……何か、違う気がする」
光の柱が像を結ぶ。
風に揺れる長髪。
優しい目元。
精霊の羽根をまとった“風と歌の精霊使い”。
――リィナ=ヴェルセリア。
しかし。
表情の大半が削れ、輪郭が歪んでいた。
笑っているはずの唇がノイズに覆われ、
髪が途中で欠けている。
「……ひどい……」
セリナが口元を押さえる。
「誰かが、この記録を……削った……?」
異音が走る。
映像が“コマ落ち”のように跳び、揺らぎ、二重化する。
そして――
『時を……壊すものよ……
なぜ……。
あなたは……“彼ら”を……』
声が突然、空白に沈む。
ノイズ。
深い、深い静寂。
映像が千切れ、その中から黒い影が滲み出る。
「クロノ=シーア……!」
セリナの声が震える。
「間違いない……。
この歪み、光殿で見たやつと同じだ……!」
影がふっと消え、
映像全体が弾けるように霧散した。
封印核の出現
残響が消えた後、
亀裂の中心が光を放ちはじめた。
「セリナ、これ……」
「ええ。羽冠を置く“台座”。
リィナ様の封印を開くための最後の機構……!」
セリナが羽冠をそっと置く。
風が穏やかに渦をつくり、
台座がゆっくりと沈む。
露出したのは――
透明で、どこまでも深い“風の封印核”。
「ハルヒ、触れて。
あなたの刻印でしか反応しないはず」
ハルヒが手を伸ばす。
触れた瞬間――
胸に“声”が落ちてきた。
(……聞こえる?)
誰かが囁く。
風でも、リィナでもない。
(お前は、まだ未来を知らない……
けれど――いずれ“あの場所”でまた会う)
声の性質は風ではない。
むしろ――重く、硬質で、静か。
セリア=ノアールでもない。
リィナ=ヴェルセリアの声でもない。
「……誰だ……?」
ハルヒが息を呑む。
(名は……いずれ自ら辿り着く。
六英雄の柱は、まだ“二つ”しか見えていない)
声は風にさらわれるように薄れ――
完全に消えた。
封印核が静かに脈動する。
「……今の声、風属性じゃない。
英雄の誰か……別の“柱”の声よ」
セリナが震える手で魔導書を閉じた。
風裂の庭が、ふたたび風を取り戻す。




