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千年時計  作者: ちゃぴ
第1章  第1幕 時を紡ぐ時計 

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--第89話 風歌の森-女王なき精霊王庭


 風の入口 ― “歌”の気配


 森の入口に、世界そのものが深呼吸しているような風音が満ちていた。


 茂みを揺らすのでも、木々をざわめかせるのでもない。

 まるで誰かが楽器を奏でるように、柔らかく重なり合う旋律。


「……これが、風歌の森……?」


 ハルヒが思わず呟くと、隣のセリナがそっと耳を澄ました。


「音じゃない。風の魔力……“精霊語シルフェル”に近いわ」


 騎士候補生たちも息を呑む。


「こんなの初めてだ……森なのに、ずっと歌ってるみたいだ」

「こわい感じじゃないけど……逆に静かすぎても変だな」


 草木の葉はほぼ動かず、風の音だけが空気のどこかで響く奇妙な空間。


 ここはかつて――


 《風と歌の精霊使い リィナ・ヴェルセリア》

 が、戦場に“風の楽団”を呼び降ろした場所だと言われている。


 しかし、今の森には彼女の精霊たちの気配が欠如していた。


  “女王なき王庭”の異変


 森に踏み込んだ瞬間、空気の質が一変した。


 ひんやりしているのに、肌にはじんわり残る。

 風の精霊が消えた“空席”が、大地を不安定にしているようだった。


「……風が流れてるのに、どこから吹いてるのか分からないな」


 騎士候補生の一人が眉をひそめる。


 木々の影は揺れていない。

 草の穂も微動だにしない。

 なのに頬にはずっと風が当たる。


 風だけが、この森を支配している。


「昔の記録ではここを“風精霊の王庭”って呼んでた。

 本来なら、足元から木の間まで精霊たちが舞ってるはずなんだけど……」


 セリナが魔導書を開く。

 古い頁に記された魔法陣が、淡い緑光を帯びた。


「……いない。風精霊の“核”が、全部どこかへ引き寄せられてる」


「引き寄せられてる?」


「うん。何者かに“呼ばれて”るの。行き先は……森の奥よ」


 そこが、封印の座す場所。


 そして、六英雄の二人目――

 リィナ・ヴェルセリアの封印が眠る場所。


  見えない風の敵


 森の奥へ足を進めたときだった。


「……ッ!? なんか、来る!」


 ハルヒの背筋が直立した。

 足元の落ち葉がわずかに浮き上がる。


 次の瞬間――


 バシュッ!


 鋭い風刃がハルヒの頬をかすめた。


「敵だ……! 姿が見えない!」


 騎士候補生たちが剣を抜き、背中合わせの陣形を組む。


「セリナ、何か分かる!?」


「風の残滓――精霊が“形だけ死んだ”ときに残る空虚な魔力よ!

 本来の精霊がいないから、形だけが狂って暴走してる!」


「つまり……幽霊の風、ってことか!」


 ハルヒは流れを読むように跳び、右手を翳す。


 時の刻印が躍動する。

 青白いオーラが風の軌跡を浮かび上がらせ――


「そこっ!」


 見えない風の斬撃を弾くと、空気がひずみ、

 **人の形をした“風の残滓”**が転がり出た。


 輪郭は曖昧。

 けれど動きは鋭い。

 全身がかつての“精霊兵”の動きを模している。


「……これ、六英雄がいた時代の“護衛精霊”の模倣では?」


 セリナの声が震えている。


 この森に残る記憶。

 リィナ・ヴェルセリアを“護るために生まれた流れ”。

 その亡骸のような存在。


 ハルヒは一歩踏み込み、時の刻印を集中させた。


「――《ディスパージュ》!」


 時の刻印が風の遺骸を貫き、残滓が一気に光の粒へ散っていく。


 敵は倒した。

 だが、その“名残”が森を覆っている。


「ここは……本当に“女王なき王庭”なんだね」


 ハルヒがつぶやくと、セリナはそっと手を重ねた。


「だからこそ、封印の場所はきっと……この森の終点にあるわ」


  風の道標みちしるべ


 風が、急に方向を持ちはじめた。


 まるで誰かの手のように、彼らの肩を軽く押す。

 木々の間から緑光が射し、一本の“風の道”が開かれた。


「……誘ってる?」


「ううん。これは――導いてるのよ」


 セリナの声は確信に満ちていた。


 ハルヒは胸の奥にわずかなざわめきを感じた。


 あの光殿で聞いた声。

 “選んでくれ”と言った誰かの気配。


 もしかしたら――

 この森の奥にも、同じ“声”が眠っているのかもしれない。


「行こう。精霊たちの女王がいた場所へ。

 リィナ・ヴェルセリアの……封印がある場所へ」


 風が吹く。

 草が揺れる。

 道が、奥へ奥へと伸びていく。


 六英雄の影を追う旅は、まだ二つ目。

 だがその深淵は、ハルヒたちを確実に引き寄せていた。


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