-- ⑤旅立ち-風歌の森へ
湖畔の白い光が薄れ、夕映えが森の影を長く伸ばしはじめていた。
ハルヒたちは崩落した光殿をあとにし、静かな森道を町へ戻っていく。
騎士候補生の一人が肩を回しながら言った。
「……正直、今日はもう帰ったら倒れる気しかしない」
「むしろ倒れていいから、学院の報告書は手伝えよ」
「やめろ現実を見せるな……!」
緊張から解き放たれた彼らの声には、疲労と安堵が交じっていた。
そして――三人の中心で歩くハルヒは、胸に手を添えたままだった。
封印核へ触れたときの温かさが、まだ消えていない。
《……選んで、くれ……》
声の主が誰かは分からない。
だが確かに“祈るような感情”だけは伝わってきた。
セリナが隣を歩きながら小さく問いかける。
「ねぇハルヒ。まだ、聞こえる……?」
「ううん。でも……残ってるだけ。気のせいかもしれないし」
「気のせいで済ませないほうがいいわ。封印の“声”は、揺らぎそのもの……時を越えて残るなら、あなたが聞く資格を持ってるってことよ」
“資格”。
その言葉が少し重く響き、ハルヒは首をすくめた。
町へ――温もりの帰還
町の門が見えたころ、陽はすでに沈み、橙色の街灯に火が灯りはじめていた。
「おかえりなさい!」
「訓練場のチームが戻ったぞー!」
ハルヒたちの姿を確認した町兵たちの声が響く。
光殿へ向かったのは学院でも“危険任務”の一つ。
無事に帰るだけでも、町の人々はほっとしたように笑顔を向けてくれた。
ひとりの女性がセリナに近寄り、籠を差し出す。
「大変だったでしょう。食べなさい、まだ温かいパンよ」
「わぁ……ありがとうございます!」
パンの香りがふわりと立ちのぼり、疲れが一気に緩む。
騎士候補生たちも思わず笑みをこぼす。
「やば……泣く……あったかい……」
「俺パンで泣いたの初めてかもしれん……」
町に帰る――
そのささやかな温かさに、ハルヒは心の奥がじんわりほどけていくのを感じた。
学院・封印調査局 ― 報告
学院の奥、封印調査局の一室。
フォルムの整った水晶板が一列に並び、六英雄の紋章が描かれた巨大な図が壁に映し出されている。
ハルヒたちは教師兼調査員のエルド・レヴァントの前に立っていた。
長い銀髪を束ね、眼鏡の奥の瞳が鋭く光る男。
「――なるほど。神殿は沈み、封印核は消失。代わりに“光の小鳥”が次の地点を指し示した……と」
「はい。精霊のようにも見えましたけど、違う気配でした」
セリナが魔導書を広げ、光殿内部の魔力配列のスケッチを見せる。
「それから……封印核に触れたとき、一瞬だけ声が聞こえました。意味ははっきりしませんが」
「声、か」
エルドは細く息を吐き、壁の図へ視線を向けた。
六英雄の紋章が円状に並ぶ――
しかし、どれも中央に**“欠落”**があるように見える。
「君たちの報告で、六英雄に関する新たな共通点が一つ見えた」
「共通点……?」
ハルヒが首を傾げると、エルドは指先で紋章の中央をなぞる。
「六人とも、それぞれ武装も役割も性質すら違っている。
だがすべての記録に――“ある人物”の存在が同時に記されている」
ハルヒは息をのむ。
「……クロノ=シーア」
その名を言うと、部屋の空気がわずかに揺れるように感じた。
「そうだ。六英雄と同じ時代に生きて、“封印の起点”を定めた時詠み。
そして今回の封印でも、記録映像の“欠落”と“時の歪み”が見つかっている」
エルドは静かに続ける。
「君たちが見た光殿は、おそらく六英雄の旅路を再現した第一地点。
ならば次の封印――*風歌の森*にも、彼らの足跡とクロノ=シーアの影が残っているはずだ」
「……行くしか、ないね」
ハルヒの言葉に、セリナと騎士候補生たちがうなずく。
出発準備 ― 新たな旅路へ
学院の倉庫では、装備の点検が進む。
「はい、保存食三日分、風魔除けの香草袋、軽装の雨避けマントも」
「助かる、これで森でも動きやすいな」
セリナは魔導書に新たな栞を挟み、魔力の流れを整える術式を上書きする。
ハルヒは自分の魔力がまだ少しざわついているのを確認しつつ、深く呼吸した。
「あの声……今度はもっとはっきり聞こえるかもしれない」
不安ではなく、むしろ不思議な期待が胸に灯る。
旅立ち ― 森へ向かう風
学院の門を出ると、夜明け前の空気が澄んでいた。
東の空にかすかな青い光。
「風が……あっちを示してる」
そよ風がすっとハルヒの頬を撫で、森の方向へ導くように吹いていく。
まるで光の小鳥の意思が、まだ残っているかのように。
「よし、次は“風歌の森”。」
「精霊たちの庭……それも六英雄の
リィナ=ヴェルセリアの封印だよね」
セリナの言葉に、ハルヒはうなずいた。
「行こう。きっと……次で、もっと“真実”に近づける」
空は淡く光り、地平線は新しい一日を迎えようとしていた。
2人は朝の風の中、ゆっくりと森へ向けて歩き出す。
六英雄の旅路。その二つ目の封印へ――。




