--第10話「時の狭間」
光の崩壊が収まったと思った瞬間、ハルヒ・クロノスは異様な感覚に包まれた。
周囲の風景が、ふわりと揺れ、色彩が不自然に滲む。
砂埃や光の残滓が一瞬宙に漂い、時間の流れそのものが歪む。
ハルヒの体感では、周囲の生徒たちはまるで足踏みするかのように動きが遅く、教官たちの声も微かに引き延ばされていた。
チチ……チチ……
古びた時計の針は、これまでのどの時よりも早く振動する。
手首の微細な感覚が、時間の狭間に入ったことを告げていた。
「……なるほど、これが……時の狭間か」
スキルで空間の変化を読み取り、ハルヒは剣を握り直す。
《瞬動》《視覚拡張》《反動制御》《思考加速》――
全てのスキルが連動し、歪んだ世界の中で彼だけが自由に動ける。
だが、感覚の先にあるのは、訓練用の演習場ではない――
空間の先端に、見たこともない風景がちらつく。
*
風景はゆっくりと定まり、やがて形を持ち始めた。
丘陵、森、そして遠くに戦場の煙。
馬蹄の響き、剣戟の金属音、遠くで吠える魔族の咆哮――
それは、ハルヒの知る現代の演習場とは異なる、戦乱の匂いに満ちた世界だった。
「……ここは……?」
体の感覚が、全く別の時間軸にあることを告げる。
古びた時計が強く振動し、針が不規則に進む。
その感覚は――まるで、過去の時代の空気を直接吸い込んでいるかのようだった。
*
ハルヒの視界に、遠くの丘の上で六人の人物が現れる。
騎士、重戦士、精霊使い、聖女、射手――
彼らは動きが速く、戦場の中で孤立することなく互いに連携している。
ハルヒの本能が告げる――彼らは“英雄”だ。
「……シックス・レガリア……」
声に出さずとも、直感で分かった。
彼らこそ、千年前に人類を率いた伝説の六人の英雄。
そして、ハルヒ自身は――その戦場に、偶然ではなく導かれるように立っていた。
*
古びた時計が、再び強く振動する。
チチ……チチ……
手首から全身に伝わる感覚は、時間を巻き戻すかのように激しい。
瞬間、演習場の周囲の景色が光の渦となり、体感は千年前の戦場へと引きずられる。
風景が切り替わる感覚――足元の砂、空気、光の角度、全てが異なる。
戦火と魔族の咆哮、そして人々の悲鳴。
現代とは比べ物にならない緊張と危険が、目の前に広がった。
「……来たか……千年前の戦場……」
スキルだけが頼りの無魔の剣士は、剣を握りしめ、六人の英雄に向けて走り出す。
遠くで咆哮する魔族の軍勢、燃え上がる村、裂ける大地――
時間の狭間を経てたどり着いたその世界は、戦士としての本能を呼び覚ます。
古びた時計の針が、次の瞬間を告げる。
ハルヒは、心の中で決意した――
この世界で生き延び、そして戦い抜くことを。




