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捜査ファイル:2「猫が喋ってます」

【警視庁・特別公安部 魔法取締一課/午前八時三〇分】


「猫が喋ってるそうです」


 星野の声は、いつも通り軽かった。

 報告書の束を抱えてきた彼女が、芹沢の机に一枚のファイルを置く。


「……人語ですか?」


 芹沢は資料に目を通しながら、眉をわずかに寄せる。

 星野はスプーンでプリンをすくいながら、平然と答える。


「通報者いわく『まだごはんじゃないの?』って。目黒区、女子高生。反応記録あり。術式属性は音声系」


「また面倒なやつだな」


 ソファで伸びていた真壁が、起き上がって缶コーヒーを開けた。


「俺も行こうか? 猫と会話できる男として」


「真壁くんが現場に行くと混乱の質が変わる。遠慮してくれ」


 大塚課長が書類を読みながら即答する。


「……課長、冷たいですねー」


「星野さん、術式情報は?」


「初期解析では転写系の可能性高め。録音でも幻聴でもなさそうだね」


「出動します。久我さん、同行願います」


「はいっ!」


 久我が手を挙げ、元気に敬礼した。


「灯里ちゃん、猫と話すのはいいけど、くれぐれも爆発だけはしないでね」


「爆発させません! 猫で爆発ってどういう事案ですか!?」


「去年真壁さんが……」


「おい星野、やめろ」


「久我さん、準備ができ次第、車両へ」


 真壁のボケと星野のツッコミをスルーしつつ言った。


「了解です、芹沢さん!」


「課長、出動します」


「頼んだよ。猫が喋るなんて話...あぁ、今日も胃が痛い」




【警視庁・魔道パトカー内/午前九時すぎ】


 魔道パトカーが住宅街を静かに走る。

 魔力循環式の駆動により、音も振動もない。

 芹沢の術式認証で起動しており、車内操作も彼が行っている。


「芹沢さん」


「はい」


「音声魔法って、生き物にも効くんですね」


「基本的には非推奨です。構造的に対象が術式を“意図的に受け入れる”ことが困難なので」


「じゃあ、猫が術式を受けたのって……」


「偶発、もしくは意図しない巻き込み。術者が別にいる可能性が高いです」


 久我はうなずきながら、ノートに書き込む。


「……前よりメモが早くなってますね」


「ありがとうございます!」


「ただし、前回の報告書には誤字が三箇所ありました」


「…………次はゼロを目指します!」




【目黒区・住宅街・通報現場/午前九時三五分】


 玄関先に立っていたのは、通報者の女子高生。制服姿で不安そうにこちらを見ていた。


「来てくださってありがとうございます。こんな些細な依頼でも警察って本当に来てくれるんですね……」


「詳細を伺えますか」


 芹沢が丁寧に訊ねると、彼女は頷いて話し出した。


「朝からうちの猫、くるみが『まだごはんじゃないの?』って言うんです。人間の声で、三回くらい」


「録音では?」


「最初そう思ったんですけど、はっきりとくるみの口が動いてました」


「確認します」


 呼ばれて現れた猫は、ふわふわのキジトラ。

 芹沢と目が合った瞬間、ゆっくりと口を開く。


「ま……だ……ごはん……じゃ……ないの……」


 女の人間の声。感情がなく、平坦な口調。久我が絶句する。


「喋ってますね、確実に……」


「はい。ですが構文は固定、表情変化もない。音声転写術式の可能性が高いです」


 芹沢は『ニオイ取り』を起動し、猫の周囲をスキャン。

淡く浮かび上がる術式構造。初級、転写型。簡易構成。


「術式は施術者が外部。猫本人には構築能力がありません」


「つまり……誰かが猫に?」


「その可能性が高いですね」


芹沢はデータを星野に転送する。


「星野さん、術式構造を送信しました。確認をお願いします」


「「うい〜、確認……した。あーこれ、魔法士試験の練習用タグだね。声を登録して何度も再生させるやつ。受験者が使うやつだよ」」


「関係者、隣人にいますか?」


『いるいる。隣の大学生。去年三級受験して落ちた子。登録情報残ってる。照合する?』


「お願いします」




【現場対応・術者特定〜対応/午前十時】


 隣家の大学生からの聴取により、事実が判明。

 術式練習中、転写用の術式を床に展開した際、猫が侵入。

 構造が簡易なため、転写がそのまま猫に適用されてしまった。


「悪意はなし。誤発動と確認。術式記録あり。行政指導で終了とします」


 芹沢は猫の頭上に手をかざし、封印術を展開。

 構築式の転写陣が浮かび、淡く光を放って分解されていく。


「……ごは……ん……じゃ……」


 猫の声が消える。


「くるみちゃん、喋らなくなっちゃいましたね……」


「本来、猫は喋りません」


「ちょっと寂しい気もしますけど……」


「報告書には“自然音声による人語再生、発声元:猫、術者:第三者”と記載してください」


「ええっと……はい、頑張ります……!」



【警視庁・魔法取締一課/午後一時】


「ただいま戻りました」


「おかえり、光一。猫は?」


「静かになりました。術式痕、封印完了。悪意なし。行政指導対象です」


「俺も猫になりてぇな。何喋っても許されそう」


 真壁が腕を組んでうそぶく。


「真壁さんが猫になったら、庁舎ごと爆発しますよ」


 星野がさらっと返す。


「光一くん、灯里ちゃん。今日の件、報告書出せる?」


「はい。入力作業に入ります」


「えっ、あの……報告書の“種別”欄、猫って書いてもいいんですか?」


「問題ありません。対象は“動物”で、発生種別“人語出力”です」


「なんかシュールですね……」


 大塚課長が重たい書類にハンコを押しながら呟く。


「猫が喋った報告書に判を押す。胃が痛いにも程があるよ、まったく」



 魔法が制度として定着した現代。ときに、喋る猫まで“案件”になる。


 本日も一課は、だいたい平和で、だいたい真面目に......


 ⸻一課案件、魔法です。



◤ ちょっと一課メモ ◢


音声転写術式おんせいてんしゃじゅつしき


しゃべった言葉を録音みたいに魔法で残せる、実技テスト用の簡単な術式。

声を登録すると、別のもの(たとえば猫)が代わりに喋る。

本来は受験者の発声練習用。猫用ではない。たぶん。

いかがでしたでしょうか?


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