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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大切な包丁

note、アルファポリスにて同作品を投稿しております。

男は殺し屋だった。

幼い頃、家の倉庫に眠っていた包丁。

とりたてて奇妙な点は見当たらない、普通の包丁。ただ、長い間倉庫に置かれていたであろうに錆ひとつなくきれいなものだった。

何気なく手にした時、足元を何かが這う。

反射的に包丁を突き立てると、それはネズミだった。

小さな命が幼き日の男の手に落ちた。

その瞬間、男の運命は決まった。

始めはネズミやゴキブリといった小さな生き物、次は犬、次は…

命を奪う快感を幼き日に知った男はついに動物に飽き足らず、18歳の夏、一人の少女を手にかけた。

動物殺しで鍛えた包丁捌き。

素人離れした手つきで命を刈り取った。

以来男は逃げ続けた。逃げる途中でまた一人、また一人と殺し続け、ついにある組織に拾われた。

・・・・・・・・・・

安アパートの一室。

見事な包丁捌きで鶏肉を解体する男の元に電話がかかってきた。

「よお、俺だ。」

「お疲れ様です、ボス。」

組織のボスからだ。

「依頼だ。X番地のJを殺してほしい。」

「わかりました。」

拾われた組織で、男は殺し屋として働いていた。

包丁を使った残忍な殺害方法が好評なのだ。

「いつも通り後始末は頼みますよ。」

「ああ、わかっている。何も心配しなくていい。俺たちはただ、お前の包丁で敵組織の野郎をぐちゃぐちゃにしてほしいだけだからな。」

電話を切るとまな板に置かれた包丁に目をやる。

-おい、仕事だぞ-

-ああ、楽しみだな-

幼き日に見つけて以降、男はその包丁しか使わなかった。虫も、犬も、少女も…

そして、目の前の鶏肉も。全てあの日見つけた包丁で捌いている。

-もう何年一緒にいるのだろう-

-さあな、どうでもいい。お前と殺しができるなら-

長き時間を共にした男にとって、目の前の包丁は大切な相棒だ。だから意思疎通もできるし、己の体の一部のように扱うことができる。

・・・・・・・・・・

日が沈み、男はX番地に出かけた。

包丁と共に。

ピカピカとネオンの光る街に、ターゲットがいる。

-いたぞ、あそこだ-

見るとターゲットであるJがフラフラと路地裏に入っていくのが見える。

慎重に跡をつけると、どうやら飲みすぎたらしい。吐いている。

背後から暗殺なんて野暮なことはしない。

「おい。」

Jが振り返る。

「お前を殺しに来た。」

Jの顔がみるみる青くなる。それは吐き気ゆえか、男への恐怖か…

-もうまちきれん、やるぞ-

包丁の呼びかけに応じ男はJの肩を押さえつけた。

続けて包丁を突き立てるとJの胸を一気に引き裂いた。

醜い断末魔と共に消えゆく命。

包丁はネオンに照らされ、赤黒く輝いた。

・・・・・・・・・・

「終わりました。」

アパートに戻り、ボスへ報告。

「ご苦労。奴の死体を確認させてもらった。相変わらず素晴らしい腕だ。」

「どうも。」

電話を切った男に包丁は呼びかける

-今日のはつまらなかったな-

「ああ、あまりにやりごたえがなさすぎた。」

-もっと殺したい-

「まあそう言うなって。俺たちが今殺しを続けられるのは組織が守ってくれているおかげだ。組織は俺たちの殺しに満足している。

少しは我慢しろ。」

-む-

-少し不満げだな。そしたら-

「久しぶりに研いでやろうか。」

-おお、そいつはいい。是非頼むよ-

研ぎ始めると、包丁は愉快げにシイ、シイ、と音を立てる。相棒のケアも大切だ。それこそ寝食、生死を共にした仲だしな。

「これからもよろしくな。」

-何を言っている。当たり前だろう-

・・・・・・・・・・

平穏な日常が続き、男も包丁も退屈を持て余し始めたタイミングで、再びボスから依頼が来た。

「今度はS番地のTをやってくれ。あいつは何度も俺たち組織の邪魔をした。そろそろ消しておかないと困るんだ。」

「任せて下さい。」

電話を切ると包丁が呼びかける。

-ようやくだな。待ちわびた-

「ああ、今度こそやりがいのある相手だといいのだが。」

男と包丁は赤黒い夕焼けを背に、S番地へと繰り出した。

・・・・・・・・・・

暗い夜の道を歩いていると、背後から声がかかる。

「おい。」

「なんだ。」

Tは振り返った。すると目の前には古びた包丁を持った男が立っている。

「組織に依頼され、俺を消しに来たのか。」

「そうだ。」

男は応え、こちらに突進してきた。

思いがけず俊敏な動きで俺の動きを封じる。

男は力任せに胸元に包丁を突き立てる。

と、意外なことにその包丁は折れてしまった。

慌てて突き飛ばし、人混みへ向かって逃げ込むが、男が追ってくる気配はない。Tはひとまず安堵した。


・・・・・・・・・・・・・・

後に残された男はあっけなく折れてしまった包丁を抱き、「なんで…どおしてだよぉ」

と呟くしかなかった。

包丁は何の返事もしなかった。

何十年も使っていれば、そりゃあいつかは壊れますとも。

みなさんも、あまり道具に思い入れを持ちすぎないように。

いくら大切で声が聞こえる気がしても、道具は道具です。喋らないし、持ち主との絆だって芽生えません。

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