瀕死の帰還
冥土からの脱出から数日が経った。
ハクヤは険しい山道を歩きながら、周囲を見回した。
険しい岩壁に囲まれた細い道。ここを抜ければ、次の目的地となる町がある。
後ろを振り返ると、仲間たちの姿が見えた。
ガルツ── 元銃兵士。無骨な男で、戦場の経験が豊富。所々おっさんっぽい。
レイラ── 元医療部隊のヒーラー。優しくて面倒見がいい、献身的に傷を癒す可愛いらしい少女…?
ザハーク── 元兵士であり、今は人狼。遺伝子操作の被害者で、獣の姿に変わることができる。このメンバーの中では一番大人っぽく、落ち着いている。
彼らと共に旅を続けながら、ハクヤは己の決意を固めていた。
エイゼを助ける。冥土を壊滅させる。
それが今の目標だった。
「ねぇハクヤくん、そろそろ休憩しようよ!傷の調子は大丈夫?」
レイラが心配そうに声をかける。
「平気だ。」
右肩には、先日の戦闘で受けた傷がまだ残っている。
だが、それを気にしている余裕はなかった。
「ボウズ、気合だけで治るもんじゃねえぞ。」
ガルツが苦笑しながら水筒を差し出す。
ハクヤはそれを受け取り、一口飲んだ。
「あの町に着いたら、情報を集めるぞ。」
「……冥土の動きを探るってことか?」
ザハークが鋭い目を向ける。
「ああ。」
ハクヤは頷く。
冥土に関わる情報があるなら、どんな手を使ってでも手に入れる。
そして、次の一手を決める。
──そう思った瞬間だった。
遠くの空に、不思議な影が見えた。
ハクヤは足を止め、目を凝らす。
「……なんだ?」
まるで、鳥のような──しかし、それよりも大きな存在。
どこか、懐かしい感覚が胸を突いた。
エイゼ……なのか?
ハクヤは無意識に、その影を追った。
「……ッ!!」
ハクヤは反射的に駆け出した。
山道の先、地面に横たわる白い影──エイゼがいた。
支給服の白が泥にまみれ、血で染まっている。
身体中に傷を負い、息も絶え絶えだった。
「エイゼ!!」
ハクヤは彼女の側に膝をつき、その肩を支えた。
かすかに開かれた琥珀色の瞳が、弱々しく彼を映す。
「……ここに……来ては……いけないと……言ったはずだ……。」
掠れた声が漏れた。
「馬鹿野郎…!!」
ハクヤは唇を噛みしめた。
どれほどの苦しみを味わい、どんな戦いを経てここまで来たのか。
後ろから駆け寄ってきたレイラが、急いで治癒魔法を施し始める。
「ひどい傷……! このままじゃ……!」
「ガルツ、ザハーク! ここを離れるぞ!」
ハクヤは叫びながら、エイゼの身体を抱え上げた。
か細い身体が驚くほど軽い──その重さに、彼女がどれだけの飢えと消耗に耐えてきたかが分かる。
どうしてここまでして俺を……?
胸に渦巻く疑問と怒りを押し殺しながら、ハクヤはエイゼを抱え、仲間たちと共に安全な隠れ家へと向かった。
洞窟の奥、焚き火の炎が揺れていた。
ハクヤは無言でエイゼを抱きしめていた。
彼女の冷え切った体温を少しでも温めるように。
震える彼女の身体を、これ以上傷つけぬように。
「もういい……無理するな……。」
エイゼは目を閉じたまま、ハクヤの腕の中に沈んでいた。
レイラの治癒魔法と応急処置で、命に別状はないと分かっていても──このまま消えてしまいそうなほど、彼女は儚く感じられた。
「お前は……お前はいつも、無茶ばかりしやがる……。」
ハクヤは呟くように言った。
答えはなかった。
だが、エイゼの指がかすかにハクヤの服を掴むのを感じた。
──生きている。
ハクヤは安堵し、より強く彼女を抱きしめた。
「お前が戻るまで……ずっとこうしていてやるからよ……。」
今はただ、この時間が続くことを願いながら。
翌朝、洞窟の静寂を破るように、小さな息遣いが聞こえた。
「……。」
エイゼの琥珀色の瞳が、ゆっくりと開かれた。
目の前には焚き火の残り火、そして自分を見守るハクヤたちの姿があった。
「エイゼ……目が覚めたか。」
ハクヤが安堵したように言う。
レイラはほっとしたように微笑み、ガルツとザハークも静かに見守っていた。
エイゼはゆっくりと上体を起こそうとしたが、すぐに頭を抱え、顔を伏せた。
「ハクヤ……お前は……ここに来るべきではなかったと……言ったはずだ。」
掠れた声で呟く。
「まだその話かよ。お前、どんだけ無茶してここまで来たと思ってんだ。」
ハクヤが呆れたように言うと、エイゼは微かに肩を震わせた。
「……私は……お前を……巻き込みたくなかった。」
「巻き込みたくなかった? 冥土がどんな組織か、お前が何をされてきたか……それを知った上で、お前を助けるために戦ってるんだ。」
「違う……。」
エイゼは静かに顔を上げた。
琥珀色の瞳には、涙が浮かんでいた。
ハクヤは息を呑む。
「……エイゼ?」
「お前は……私の……。」
喉が詰まり、言葉が出てこない。
それでも、彼女は震える唇を動かし、ようやくその言葉を紡いだ。
「……お前は……私の子だ……。」
焚き火の音が、やけに大きく響いた。
「……は?」
ハクヤは眉を寄せた。
「今……何て……?」
「お前は、私が…冥土にいた頃、無理やり産まされた子供だ……。」
その言葉は、彼の思考を凍らせた。
「嘘…だろ。」
ハクヤの瞳が揺れる。
「お前が…俺の……母親……?」
エイゼは嗚咽を噛み殺しながら、ただ頷いた。
「冥土は……私を実験体として扱い…戦わせ…そして…生殖実験のために……無理やり孕ませた……。」
声が震える。
「私は……お前を守るために逃げた……だけど私は……お前を……守れなかった…!!」
ハクヤは拳を握りしめた。
信じられない。
信じたくない。
だが──
琥珀色の瞳。
グリフォンの遺伝子。
冥土の実験体。
すべてが、点と点で繋がっていく。
「俺が……お前の子供……?」
ハクヤは震える拳を見つめた。
「だったら……なんで今まで言わなかった!? なんで俺に剣を向けたんだ!?」
「私は……お前に恨まれても仕方のない存在だからだ。」
エイゼは泣きながら言った。
「私は大量に人を殺した兵器だ。それに、何度も……何度もお前を捨てようとした…。息子の、お前のために、何もしてやれなかった……!!」
声が震え、涙が頬を伝う。
ハクヤはそれを見て、何も言えなかった。
今、目の前にいるのは──
あの冷酷な剣士ではなく、ただの一人の母親だった。
自分を守れなかったことに苦しみ、罪悪感に苛まれながら、それでも助けに来た母親だった。
「……っ。」
ハクヤは震える手を伸ばし──
エイゼを、そっと抱きしめた。
「……馬鹿野郎。」
「……。」
「そんなこと……今さらどうでもいいんだよ……。」
エイゼの肩が、びくりと震えた。
「俺は……お前がどういう理由で産まれたかなんて、もうどうでもいい……。お前が、生きていてくれただけで、それだけで……!!」
エイゼの胸に押し付けるように、ハクヤは抱きしめる力を強くした。
「今まで……ずっと言えなくて……すまない……。」
エイゼは泣いた。
18年分の涙を、こらえきれずに流した。
その姿を見ながら、レイラ、ガルツ、ザハークも言葉を失っていた。
だが、誰もそれを止めなかった。
ただ静かに、二人を見守るだけだった。
──そして、夜はゆっくりと更けていった。
静かな夜の帳が降りる中、エイゼの嗚咽は少しずつ静まっていった。
ハクヤの腕の中で、彼女の震えは次第に落ち着いていく。
「……ありがとう……。」
かすれた声で呟くエイゼの頭を、ハクヤは無言で抱き寄せた。
18年もの間、交わされることのなかった言葉。
届くはずのなかった想い。
だが今、ようやく二人は向き合うことができた。
優しくレイラが声をかける。
「ねぇ、今まで一人で苦しんでたんでしょう? これからは、ボクたちもいるからね。」
エイゼはその言葉に、わずかに瞳を揺らした。
「……こんな私が、ここにいて、いいのか……?」
そう呟くエイゼに、ガルツが軽く肩をすくめてみせる。
「何言ってんだぁ、今さら。お前さんがどういう過去を持ってようと、ハクヤの母親だってんなら、俺たちの仲間ってことだろ!」
ザハークもゆっくりと頷く。
「……俺たちも冥土に人生を奪われた者だ。だからこそ、お前の痛みがとてもわかる。」
エイゼはその言葉を聞いて、まるで信じられないものを見るように彼らを見つめた。
「だが、私は……もしかしたら、お前たちを……傷つけるかもしれない存在だ……。」
「それなら、お前が傷つかないように俺たちが守るまでだ。」
ハクヤが強く言い切った。
「お前だけじゃねぇんだよ。冥土に復讐したいのは、俺たち全員なんだ。」
エイゼはハクヤの腕の中で、ぎゅっと拳を握りしめた。
「……私には、もう……帰る場所はないと思っていた……。」
「そんなもん、これから作ればいいんだよ。」
ハクヤは静かに言うと、エイゼの背中を軽く叩いた。
「……家族ってのは、血が繋がってるからじゃなくて、一緒に戦って、一緒に生きることでできるもんだろ。」
「……。」
エイゼの目に、再び涙が溜まる。
こんな言葉を、今まで誰かにかけてもらったことがあっただろうか。
“一緒に生きる”
ただその言葉が、彼女の心に深く染み渡った。
「……すまない……ハクヤ……ありがとう……。」
そう呟いたエイゼを、ハクヤは再び強く抱きしめた。
「もう謝るな。」
「お前は、俺の母親なんだから。」
それは18年間、ずっと交わされることのなかった言葉だった。
静かに、しかし確かに、彼らの絆は今、結ばれたのだった。
──そして夜は明け、新たな戦いが始まろうとしていた。
ハクヤたちはエイゼを受け入れたものの、彼女の話から冥土の闇がさらに深いことを知る。
エイゼの脱走は冥土にとって大きな打撃だったが、それ以上に彼女が持ち出した情報が問題だった。冥土は彼女を再び捕らえようと動き出し、彼らの足取りを追っていた。
そんな中、ハクヤたちは森の奥にある隠れ家に身を寄せていた。しかし、その夜――。
「……気配がする。」
ザハークが低い声で呟いた。
「またかよ、しつこい連中だなぁ!」
ガルツが銃を手に取り、入り口に目を向ける。
「治療が終わったばかりなのに、休ませてもくれないんだねぇ…。」
レイラがため息をつきながらも、魔法の準備を整える。
ハクヤは剣を握りしめ、エイゼの方を一瞬見た。彼女はまだ動くのもやっとの状態だ。守るべき存在が増えた今、ハクヤの決意は揺るぎないものになっていた。
「来るぞ。」
闇夜の中、冥土の追手が迫る――。
森の隠れ家に緊張が走る。夜の静寂を切り裂くように、かすかな足音が響いていた。
「……十人以上はいるな。」
ザハークが鋭い嗅覚で敵の数を読み取る。
「銃を持ってる奴もいるぞ。お前さんら、慎重にいけよ。」
ガルツがライフルを構え、入り口に照準を向けた。
「ねぇ、エイゼさんを安全な場所に移そう!ザハーク、手伝って!」
レイラが急ぎ足でエイゼのもとに向かう。
「……私は戦える。」
エイゼがかすれた声で言うが、体はまだ回復しきっていない。
「今は無理だ、お前を守るのが先だろうが。」
ハクヤが鋭い目でエイゼを見据える。
「……。」
エイゼは言葉を飲み込んだ。
隠れ家の扉が突如として破られる。煙幕弾が投げ込まれ、視界が白く染まる。
「おい!来たぞ!」
ガルツが引き金を引き、銃声が森に轟く。
「くっ…!」
ハクヤは剣を抜き、煙の中で動く影に向かって斬りかかった。
暗闇の中、激しい戦闘が始まる――。
白い煙が視界を遮る中、銃声と剣戟の音が響き渡る。
「ちくしょう、数が多いな…!!」
ハクヤは迫りくる敵の剣を弾き、反撃の一閃を繰り出す。琥珀色の瞳が鋭く光る。
「狭い場所での戦闘は不利だ。外に出るぞ!ハクヤ!」
ガルツが叫びながら、敵兵の一人を撃ち抜く。
「エイゼさんを安全な場所へ!」
レイラがエイゼの腕を取り、ザハークとともに裏口へ向かう。
「お前……私を庇って逃げるつもりか?」
エイゼが低く囁く。
「……今はそうするしかない!」
ザハークがエイゼを背負い、木々の影へと駆け出した。
「……ハクヤ、ガルツ!俺たちは先に行く!」
ザハークの声が闇の中へと消える。
「うぅ〜くそっ、あいつらを追わせるわけにはいかねぇんだよ!」
ガルツはマガジンを交換し、手際よく敵を排除する。
ハクヤも剣を振るいながら、敵兵の動きを封じていく。しかし、彼らの動きには違和感があった。
「こいつら…いつもの冥土の兵と違う?」
敵は明らかに統制の取れた動きをしていた。
「ガルツ、まずいな。……こいつら、ただの兵士じゃない。」
「おう、どういうことだ?」
「仕留めた奴を見てみろ。こいつの首元…。」
倒れた敵兵の皮膚には、不気味な刻印が浮かび上がっていた。それは、かつてエイゼが捕らえられていた施設で見た実験体のものと同じだった。
「……強化兵か。」
ガルツが低く呟いた。
「冥土の連中、またロクでもねぇことをしてやがるな。」
「ああ……まったくな。それよりも、エイゼが無事かどうか、急ぐぞ!」
ハクヤとガルツは敵を振り切り、森の奥へと走る。
—— そして、その背後で、倒れたはずの敵兵が、異様な動きで起き上がり始めていた。
ハクヤとガルツは森の奥へと駆けていた。エイゼたちを守るため、一刻も早く合流しなければならない。
「冥土の奴ら、強化兵まで送り込んでくるとはよぉ……!」
ガルツが低く唸る。
「あいつら、普通じゃなかったな。心臓を貫いたはずなのに……。」
ハクヤは振り返り、背筋を冷たいものが這い上がるのを感じた。
森の闇の中、倒したはずの敵兵たちが、不気味なほど静かに立ち上がっていた。
「……ウソだろ。」
銃弾を浴びたはずの体が、まるで何事もなかったかのように動き出す。
「こいつは危ねぇな!ハクヤ、先に行け!」
ガルツが銃を構える。
「ガルツ、お前は?」
「俺はひたすら足止めする!ただの兵士相手なら、やりようはあるってところだ。」
「……わかった。無理はするなよ。」
ハクヤはガルツの肩を叩き、森の奥へと走り去る。
ガルツは敵兵たちを見据え、静かに銃を構えた。
「……さて、ちと不気味なお前さんら。どこまでタフなのか、試してやるよ。」
隠れ家にて——
「……はぁ、はぁ……とりあえず、ここならしばらくは大丈夫そうだ。」
ザハークがエイゼを地面に下ろす。
エイゼはまだ完全に回復しておらず、うつ伏せのまま荒い息をついていた。
「エイゼさん、大丈夫?」
レイラが傷の手当をしながら心配そうに覗き込む。
「……私はいい。それより、お前たち……。」
エイゼはゆっくりと顔を上げ、琥珀色の瞳でザハークとレイラを見つめた。
「このままでは、お前たちも巻き込まれる。」
「もう、何を言ってるの?」
レイラが眉をひそめる。
「ボクたちはもう、逃げるつもりなんかないよ。」
「……そうだな。」
ザハークも腕を組む。
「……俺たちには戦う理由がある。それに、あんたはハクヤの……」
ザハークが言いかけた瞬間、エイゼが鋭く睨みつけた。
「……それ以上は言うな。」
ザハークは少しだけ口の端を歪めた。
「へぇ……ずいぶんと母親らしい顔をするんだな。」
エイゼは沈黙したまま、そっと自分の手を握りしめた。
その時——
「——来たぞ!」
ザハークが瞬時に身を構えた。
森の暗闇の中から、異様な足音が近づいてくる。
「ひぃ、うそ……さっき倒したはずの兵士が……?」
レイラが震える声を漏らす。
「やはり、奴らはただの兵士じゃなかったか……。」
エイゼは静かに立ち上がり、白いフードを深く被る。
「……私が出る。」
「エイゼさん!無理しないで!」
レイラが止めようとするが、エイゼは一歩前に出た。
「これは……私が決着をつけるべき相手だ。」
エイゼはゆっくりと息を吸い込み、そして——
琥珀色の瞳が、鋭く猛禽のように光った。
次の瞬間、彼女の体が変化を始める。茶色の羽が舞い、巨大なグリフォンの影が森の中に広がった——。
闇の中、銅色の羽が大きく広がり、エイゼの獰猛な咆哮が響き渡る。
強化兵たちは動じることなく、ゆっくりと迫ってきた。死を恐れない人形のような兵士たち。
——いや、違う。
エイゼの目は彼らの内部を見ていた。人工的に強化された筋組織、驚異的な再生能力。そして、背骨の中に埋め込まれた制御装置。
「……なるほど、死なないんじゃない。殺せないように作られているのか。」
人間としての理性を奪われ、ただ戦うためだけに存在する生物兵器——まるでかつての自分のようだ。
「ならば……。」
エイゼは鋭い爪を構えた。
「——お前たちごと、砕くまで。」
次の瞬間、エイゼは地を蹴り、敵兵の群れに突っ込んだ。
その動きはまさに猛禽そのもの。しなやかに、素早く、正確に——。
爪が一閃するたび、強化兵たちの装甲が裂け、肉がえぐれ、地面に転がる。しかし、兵士たちは倒れない。即座に再生し、再び向かってくる。
「厄介な……!」
エイゼは冷静に攻撃を繰り返すが、数が多すぎる。いくら切り裂いても、無限に湧いてくるかのようだった。
ちらりと視線を向けると、ハクヤは剣を握りしめ、敵兵と交戦していた。しかし、強化兵の異常な回復力に苦戦している。
「チッ……!」
エイゼは翼を大きく広げ、素早く飛び上がる。
「ハクヤ、伏せろ!!」
叫ぶと同時に、エイゼは宙を舞い、全力で地面に叩きつけるように着地した。
——轟音とともに、大地が砕けた。
衝撃波が広がり、周囲の敵兵たちが吹き飛ぶ。
「……ッ!?」
ハクヤは驚きながらも、即座に指示に従い、地面に伏せた。
エイゼはその隙を逃さず、強化兵たちに突進する。
——絶対に、ハクヤを死なせない。
どれだけ傷つこうとも、この手で護り抜く。
戦場の中心で、エイゼは全力で戦い続けた——。
気がつけば、辺りには倒れた兵士たちの残骸が転がっていた。
「……終わったのか?」
ハクヤが荒い息をつきながら剣を握り直す。
「いや……。」
エイゼは鋭く周囲を見渡す。
「奴らは……完全には止まっていない。」
倒れている兵士たちの体が微かに蠢いている。再生が始まる前兆だった。
「くそっ、これじゃキリがねえ……!」
ハクヤが歯を食いしばる。
その時——
ズガァァァンッ!!!!
轟音とともに、遠くから大口径の銃弾が飛来し、倒れていた兵士たちの頭部を正確に撃ち抜いた。
「遅くなったな!」
木々の間から、ガルツが銃を構えて現れる。
「ガルツ!」
「よう、派手に暴れたな!」
ガルツは次々と精密射撃を繰り出し、強化兵たちの頭部を的確に破壊していく。彼の撃った弾丸は特殊な処理が施されており、兵士たちの再生能力を阻害するものだった。
「……その銃弾、どこで?」
エイゼが鋭く尋ねる。
「冥土の研究データをちょいと拝借してな。対生物兵器用の弾ってやつさ。」
ガルツが不敵に笑う。
エイゼはしばらく彼を見つめた後、フッと息を吐いた。
「……助かった。」
戦いは、ようやく終わったのだった。
エイゼは倒れそうになりながらも、必死に体を支えていた。
「おい、大丈夫か?」
ハクヤが支えようとするが、エイゼはゆっくりと首を振った。
「私は……大丈夫だ。」
「どこがだよ、ボロボロじゃねえか……!」
ハクヤがエイゼの肩を掴み、そのまま抱きしめる。
「……お前、よく戦ったな。」
エイゼは少し驚いたように目を見開いた。
「……。」
しばらくの沈黙の後、エイゼはそっと目を閉じた。
「……ああ。」
——この腕の中にある温もりだけは、何があっても守り抜かなければならない。
そう、心に誓いながら——。