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焔翼のグリフォン  作者: いねの
第一部 旅立ちと決意 第1章 冥土を背に
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檻の中の獣

 冷たい金属の床に膝をつき、エイゼは無表情のまま壁にもたれかかっていた。

空気は湿り、鉄錆の匂いが鼻をつく。四方を囲むのは分厚い金属の壁。唯一の出口は、鋼鉄の扉──電子ロックがかけられ、外からでしか開けられない。


 またこの場所に戻ってきた。

皮肉なものだ。

檻の中の獣。

それが今の自分の姿だった。


カチャリ──

扉が開く音がする。


「……相変わらず不服そうな顔だな、エイゼ。」


部屋に入ってきたのは、白衣をまとった一人の男。冷たい瞳を持つ彼を、エイゼは一瞥する。


「……何の用だ?」


低い声で問いかけるが、男は嘲るように笑うだけだった。


「お前をここに戻したのは、ただの懲罰ではない。……また”計画”を進めてもらうためだ。」


計画──またか。


「拒否する。」


「そうか? まあ、いい。どうせお前に拒否権はない。」


男はゆっくりと近づき、エイゼの顎を掴んで持ち上げる。その手を振り払おうとした瞬間、腕に激痛が走った。


「……っ!」


「ふふ、ずいぶんと大人しくなったものだな。」


腕には新たな拘束具が装着されていた。それは筋肉の動きを制限するもので、電流を流せば動きを封じることもできる。


「お前が暴れないように、新しい装備をつけさせてもらった。……まあ、完全に抑え込めるかどうかは、実験してみないとわからないがな。」


エイゼは冷ややかな目で男を睨む。


「好きにしろ。……どうせお前たちの実験など、くだらない茶番だ。」


「それはどうかな。……そうだ、一つ良い報せがある。」


男は不敵に微笑むと、耳元で囁いた。


「お前の息子、ハクヤが生きていたぞ。」


エイゼの指がぴくりと動いた。


「……。」


「彼は今、冥土を敵に回し、逃亡者となっている。仲間を集め、お前を助けるつもりらしい。」


エイゼは目を伏せる。


「……馬鹿なやつだ。」


「そう思うか? だが、彼はまるで英雄気取りだ。母親が囚われていると知れば、なおさらこちらへ向かってくるだろうよ。」


 エイゼは何も言わなかった。

ハクヤが……助けに来る?

そんなこと、あり得ない。


あの子は、自由に生きるべきなんだ。

私のような存在に囚われるべきではない。

それでも、心の奥底で微かに灯るものがあった。

それが何かを、エイゼはまだ理解していなかった。


男が部屋を出ていった後も、エイゼはじっと動かなかった。


「……馬鹿なやつだ。」


 そう呟いてみても、胸の奥にある微かなざわめきは消えなかった。


ハクヤが生きていた。

それだけではない。

彼は冥土を敵に回し、仲間を集め、私を助けるつもりでいる。


「……本当に、馬鹿だ。」


こんなところに来たら、殺されるだけだ。

冥土がどれほど腐りきった組織か、私は知っている。

それを相手にするのは、あまりにも無謀だ。


なのに、なぜあいつはそんな選択を──


エイゼは目を閉じた。

思い出したくもない記憶が、脳裏をよぎる。


──小さな腕。温もり。無垢な瞳。

かつて、自分の腕に抱いていた存在。

小さく、弱く、守らなければならなかった命。

 今のハクヤはもうあの赤子ではない。

自分の知らない時間を生き、別の道を歩んできたはずだ。

それなのに、こうして私のために動こうとしている。

何も知らず、何も気づかず、それでも────。


「……。」


 エイゼはゆっくりと立ち上がった。

錆びた鎖が足元でかすかに音を立てる。

こんな檻の中で、ただ待っているつもりはない。


「……まだやれることはあるはずだ。」


このまま囚われているわけにはいかない。

ハクヤがここに来る前に、自分で決着をつけなければ。

彼が命を賭ける理由を、私は作りたくない。

そして、私はまだ終わるつもりはない。

エイゼは拳を握りしめた。


拘束具の感触が指に伝わる。

 打ち砕いてやる。

この場所も、冥土の支配も、私を縛るすべてを。


そして──

ハクヤを、この呪われた運命から解放するために。


静寂が支配する収容房。

だが、その静けさの下で、エイゼの全身は研ぎ澄まされていた。

手足に絡む拘束具、足元に固定された鎖。

かつては絶望の象徴だったそれが、今はただの障害物にしか思えない。


「……もう、終わりだ。」


低く呟くと、エイゼは目を閉じる。

 内なる力を解き放つ──。


一瞬、全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。

筋肉が膨張し、骨が軋み、背中から熱が突き上げる。

そして──

鋭い風切り音と共に、銅色の翼が広がった。

拘束具は耐えきれずに弾け飛び、鎖は無意味に床を打った。


 目を開けると、視界が一変している。

全身に満ちる解放感、溢れ出る獣の力。

エイゼは足を踏みしめ、薄闇の中を睨みつけた。


「行くぞ。」


獣のごとき疾走。

衛兵たちが駆けつける前に、エイゼは一気に廊下を駆け抜けた。

暗い通路を飛び越え、障壁を叩き壊し、冷たい鉄扉を蹴破る。

警報が鳴り響く。


「止まれ!」


「実験体エイゼ、脱走を──」


 叫び声が響いた瞬間、エイゼの姿が変わった。

──グリフォンの巨影が、壁を砕いて飛翔する。


兵士たちの視線が、驚愕と恐怖に染まる。

次の瞬間、強風が巻き起こり、視界を遮る。

 そしてエイゼの姿は、夜の闇へと消えた。


──もう、二度と捕まるつもりはない。

今度こそ、私は……


ハクヤに会いに行く。

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