呼び子
村の中心の広場に戻ると、木のテーブルのまわりに子どもたちが集まっていた。表紙の擦れた分厚い本――『誰でも出来る魔法教室』と墨で書かれている。最初は絵本か手品の類だろう、と一行は思った。
「では――合図の息、ひとつ。」
本を開いた年配の女が、ゆっくり手をかざす。子どもたちが真似をして、胸の前で手を丸める。短い呪文が揃って落ちた。
「むすび、ほどけ、ひかりのつぶよ。」
――ぽんっ。
空気が小さく弾け、子どもたちの掌から白い毛玉がふわりと生まれた。綿毛のように軽く、真珠のようなつぶらな目。宙に浮いては、産まれた子の頬へ寄り添っていく。
「ぷぅ」「きゅう」「ぷぴ」
甲高い声があちこちで弾み、笑い声が重なる。
「なにあれ、ケセランパサラン……!?」
イブキが目をまん丸にする。
「それよりもあれ、本物の“魔法”だろ!?」
ハクヤが思わず突っ込む。布の奥で視線が忙しく揺れた。
毛玉たちは、人見知りもしない。ひとつがレイラの袖口へ、もうひとつがガルツの肩口へ、またひとつがアビスの膝へ――。
「かわいい……!!」
レイラの目が星みたいに輝いた。毛玉は「ぷぴ」と鳴き、頬にすり寄る。
「んな、どうせ子どもだましの仕掛けだろ……っと?」
ガルツの髭に毛玉がもぞもぞ絡み、「ぷぅ」と満足げに丸くなる。
「おい、ヒゲを巣にするな、巣に!」
「……興味深いな。」
エイゼは腕を組み、術式の呼吸と指の形を目で追う。
「呼気と合図、指の結び。発動はごく小規模だが、現象は実体を伴う……。」
「えぇ……?」
アビスが困惑気味にエイゼを見る。その膝にも一匹が着地し、赤い瞳を覗き込んだ毛玉が「きゅ」と鳴いた。
「驚かせてすまないね。」
年配の女がこちらへ微笑む。肩には先ほどの黒猫が乗っている。
「『呼び子』と呼ぶ小さな使い魔だよ。昼が終わるころには霧みたいにほどけて消える。怖いものじゃないさ。昔の名残――この国の“やわらかい魔術”。」
「だれでも、できるの?」
レイラが身を乗り出す。
「できるよ。ひとつだけ約束、乱暴にしないこと。」
レイラは教えられたとおり、胸の前で指を輪にして、静かに息を合わせ――。
「むすび、ほどけ、ひかりのつぶよ。」
ぽん。小さな毛玉が生まれ、レイラの鼻先をくすぐった。
「……!ぷぴって言った……!」
「あら上出来。」
女が目を細める。
横でイブキも挑戦する。息は勢いよすぎ――
「むすび、ほどけ、ひかりの――えいっ!」
どんっ。勢いよく二匹同時に出た毛玉が顔へ突っ込み、マフラーにもぐりこんだ。
「ちょ、くすぐ……!かわ……っ、かわいい~~!」
ザハークは一歩引いて様子を見る。毛玉のひとつが鼻先に近づき――
「……くしゅん。」
短くくしゃみ。耳がしゅんと寝る。
「……粉っぽいな。」
ハクヤの肩にも、いつのまにか一匹がとまっていた。白いふわふわが布のほころびを踏んで、「ぷ」と小さく鳴く。布の隙間から覗いた琥珀を見つけたのか、しばらく見上げてから、そっと頬へ寄り添った。
「……ああ。」
ハクヤは剣帯を押さえ、わずかに息をゆるめる。毛玉はそれを合図に、ふわりと離れて子どもたちの輪へ戻っていった。
「仕掛けじゃない。けれど、“大きな術”でもない。」
エイゼが結論を短く置く。
「土地の記憶に合わせた、息と指の結び目……その程度の火は、まだ生きているということだ。」
女は頷き、黒猫の顎をくすぐった。
「昔はここから大きな術へ伸ばしたものだが、今はね。これくらいがちょうどいい。痛みも欲も起こさない。――ああ、旅の方。南へ行く顔だ。息と合図は覚えておきな。緊張した胸をほどく“ほどけ”は、魔法より役に立つことがある。」
アビスが一瞬だけエイゼを見、きちんと頭を下げる。
「教えてくれて、ありがとう。」
「代金はいらないよ。猫の導きは、たいてい“縁”だからね。」
エイゼは皆の輪から半歩だけ下がり、胸の前で指を結んだ。息を合わせる――三で吸い、五で吐く。想いはただひとつ、白い布に包まれていた小さな重み。守るべきもの。
「……むすび、ほどけ、ひかりのつぶよ。」
――ぽん。
掌の上に、白い毛玉がふわりと生まれた。つぶらな瞳は琥珀色。心なしか毛並みが少しボサっとしていて、布の陰からこちらを覗く誰かを思わせる。「ぷ」と短く鳴いて、エイゼの指に頬をすり寄せた。
「ふふっ……可愛いな。」
エイゼはその呼び子を指先でやさしく撫でる。毛はほんのり温かく、撫でるたび「ぷ」「ぷ」と小さく応える。隣でハクヤが気まずそうに視線を逸らし、毛玉はそれを追うように、もう一度だけ嬉しそうに鳴いた。
やがて毛玉たちは次第に薄くなり、子どもたちの掌で光の塵に変わっていく。「ぷぅ」「きゅう」の声も、風鈴みたいに細くなって、朝の喧噪へ溶けた。
「行こう。」
ハクヤが小さく合図する。
黒猫がもう一度だけ先回りして、道の端に座る。赤い首輪がひかり、まばたきが遅い。
彼らは息をそろえた。
むすび――ほどけ。
小さな合図を胸に、南の湿った風のほうへ、歩をすすめた。




