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焔翼のグリフォン  作者: いねの
第三部 南の国 第1章 深淵との決別
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呼び子

 村の中心の広場に戻ると、木のテーブルのまわりに子どもたちが集まっていた。表紙の擦れた分厚い本――『誰でも出来る魔法教室』と墨で書かれている。最初は絵本か手品の類だろう、と一行は思った。


「では――合図の息、ひとつ。」


本を開いた年配の女が、ゆっくり手をかざす。子どもたちが真似をして、胸の前で手を丸める。短い呪文が揃って落ちた。


「むすび、ほどけ、ひかりのつぶよ。」


――ぽんっ。


空気が小さく弾け、子どもたちの掌から白い毛玉がふわりと生まれた。綿毛のように軽く、真珠のようなつぶらな目。宙に浮いては、産まれた子の頬へ寄り添っていく。


「ぷぅ」「きゅう」「ぷぴ」


甲高い声があちこちで弾み、笑い声が重なる。


「なにあれ、ケセランパサラン……!?」


イブキが目をまん丸にする。


「それよりもあれ、本物の“魔法”だろ!?」


ハクヤが思わず突っ込む。布の奥で視線が忙しく揺れた。


毛玉たちは、人見知りもしない。ひとつがレイラの袖口へ、もうひとつがガルツの肩口へ、またひとつがアビスの膝へ――。


「かわいい……!!」


レイラの目が星みたいに輝いた。毛玉は「ぷぴ」と鳴き、頬にすり寄る。


「んな、どうせ子どもだましの仕掛けだろ……っと?」


 ガルツの髭に毛玉がもぞもぞ絡み、「ぷぅ」と満足げに丸くなる。


「おい、ヒゲを巣にするな、巣に!」


「……興味深いな。」


エイゼは腕を組み、術式の呼吸と指の形を目で追う。


「呼気と合図、指の結び。発動はごく小規模だが、現象は実体を伴う……。」


「えぇ……?」


アビスが困惑気味にエイゼを見る。その膝にも一匹が着地し、赤い瞳を覗き込んだ毛玉が「きゅ」と鳴いた。


「驚かせてすまないね。」


年配の女がこちらへ微笑む。肩には先ほどの黒猫が乗っている。


「『呼び子』と呼ぶ小さな使い魔だよ。昼が終わるころには霧みたいにほどけて消える。怖いものじゃないさ。昔の名残――この国の“やわらかい魔術”。」


「だれでも、できるの?」


レイラが身を乗り出す。


「できるよ。ひとつだけ約束、乱暴にしないこと。」


レイラは教えられたとおり、胸の前で指を輪にして、静かに息を合わせ――。


「むすび、ほどけ、ひかりのつぶよ。」


ぽん。小さな毛玉が生まれ、レイラの鼻先をくすぐった。

「……!ぷぴって言った……!」


「あら上出来。」


女が目を細める。

横でイブキも挑戦する。息は勢いよすぎ――


「むすび、ほどけ、ひかりの――えいっ!」


どんっ。勢いよく二匹同時に出た毛玉が顔へ突っ込み、マフラーにもぐりこんだ。


「ちょ、くすぐ……!かわ……っ、かわいい~~!」


ザハークは一歩引いて様子を見る。毛玉のひとつが鼻先に近づき――


「……くしゅん。」


短くくしゃみ。耳がしゅんと寝る。


「……粉っぽいな。」


ハクヤの肩にも、いつのまにか一匹がとまっていた。白いふわふわが布のほころびを踏んで、「ぷ」と小さく鳴く。布の隙間から覗いた琥珀を見つけたのか、しばらく見上げてから、そっと頬へ寄り添った。


「……ああ。」


ハクヤは剣帯を押さえ、わずかに息をゆるめる。毛玉はそれを合図に、ふわりと離れて子どもたちの輪へ戻っていった。


「仕掛けじゃない。けれど、“大きな術”でもない。」


エイゼが結論を短く置く。


「土地の記憶に合わせた、息と指の結び目……その程度の火は、まだ生きているということだ。」


女は頷き、黒猫の顎をくすぐった。


「昔はここから大きな術へ伸ばしたものだが、今はね。これくらいがちょうどいい。痛みも欲も起こさない。――ああ、旅の方。南へ行く顔だ。息と合図は覚えておきな。緊張した胸をほどく“ほどけ”は、魔法より役に立つことがある。」


アビスが一瞬だけエイゼを見、きちんと頭を下げる。


「教えてくれて、ありがとう。」


「代金はいらないよ。猫の導きは、たいてい“縁”だからね。」


エイゼは皆の輪から半歩だけ下がり、胸の前で指を結んだ。息を合わせる――三で吸い、五で吐く。想いはただひとつ、白い布に包まれていた小さな重み。守るべきもの。


「……むすび、ほどけ、ひかりのつぶよ。」


 ――ぽん。


掌の上に、白い毛玉がふわりと生まれた。つぶらな瞳は琥珀色。心なしか毛並みが少しボサっとしていて、布の陰からこちらを覗く誰かを思わせる。「ぷ」と短く鳴いて、エイゼの指に頬をすり寄せた。


「ふふっ……可愛いな。」


エイゼはその呼び子を指先でやさしく撫でる。毛はほんのり温かく、撫でるたび「ぷ」「ぷ」と小さく応える。隣でハクヤが気まずそうに視線を逸らし、毛玉はそれを追うように、もう一度だけ嬉しそうに鳴いた。


やがて毛玉たちは次第に薄くなり、子どもたちの掌で光の塵に変わっていく。「ぷぅ」「きゅう」の声も、風鈴みたいに細くなって、朝の喧噪へ溶けた。


「行こう。」


ハクヤが小さく合図する。


黒猫がもう一度だけ先回りして、道の端に座る。赤い首輪がひかり、まばたきが遅い。


彼らは息をそろえた。

むすび――ほどけ。

小さな合図を胸に、南の湿った風のほうへ、歩をすすめた。

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