表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焔翼のグリフォン  作者: いねの
第一部 旅立ちと決意 第1章 冥土を背に
5/54

亡霊たちの隠れ家

 静かな森に、冷たい夜風が吹き抜ける。

ハクヤは肩で息をしながら、静かに周囲を見渡した。

——エイゼがいない。


「……クソッ!!」


拳を地面に叩きつける。


(あいつは……俺を逃がすために……。)


目を閉じると、脳裏にあの瞬間が蘇る。


『お前は自由を得ろ。私はそれを望む』


あの時のエイゼの言葉。

あの時の決意に満ちた瞳。

そして、ハクヤを守るように最後まで剣を振るい続けた姿。


(何が『私はそれを望む』だよ……!)


ハクヤの奥歯が軋む。

自由? そんなものが何になる?

エイゼがいなければ、何の意味もない。


「冥土をぶっ潰す。」


低く、だが力強く呟いた。


「そして、エイゼを……必ず助け出す。」


ハクヤは拳を握りしめ、立ち上がる。

仲間が必要だ。

武器が必要だ。

情報が必要だ。

今のままでは、ただの逃亡者にすぎない。

だが、冥土を壊滅させるためなら何だってする。


「待ってろよ……エイゼ。」


夜空に向かって誓いを立てると、ハクヤは静かに歩き出した。

彼の戦いは、まだ始まったばかりだ。

夜の森を歩き続け、ハクヤは疲労の色を滲ませながらも足を止めなかった。

冥土をぶっ潰す。

そのためには仲間が必要だ。


(だが、誰を信用できる?)


冥土の実態を知る者は限られている。

国民は皆、冥土を奉仕団体だと信じ込まされているし、内部の兵士たちは洗脳同然の教育を受けている。


(だが、もし……。)


冥土の陰謀に気づき、そこから抜け出した者がいるなら——。


「……おい、そこで何をしている?」


突如、背後から鋭い声が飛んできた。

ハクヤは即座に剣を構え、振り向く。


暗闇の中、こちらを睨む影。

男——いや、元兵士のようだった。

鋭い眼光、精悍な顔つき、だがその白い支給服はボロボロに破れ、もはや冥土の兵士には見えなかった。


「……冥土の兵か?」


ハクヤが問いかけると、男は鼻で笑った。


「冗談じゃねぇ。あんな組織、もう見限ったよ。」


「……何?」


「お前も逃亡者か? それとも、まだ冥土の犬か?」


男は警戒しながら、ゆっくりと剣を抜く。

ハクヤはすぐに答えた。


「俺は冥土をぶっ潰す。そのために、仲間を探してる。」


男の表情が僅かに変わる。


「ほう。珍しいな。冥土の兵士が、冥土を壊滅させるってか?」


「俺は……あそこが何をしているのかを知った。もう二度とあんな場所には戻らねぇ。」


「フン……面白いことを言うな、ボウズ。」


男はしばし沈黙し、じっくりとハクヤを見据えた。


「名前は?」


「ハクヤ。」


「俺はガルツ。元・冥土の銃兵だ。」


ガルツ——短く刈られた黒髪、鋭い灰色の瞳、戦場で鍛えられた頑強な肉体。


(こいつ、只者じゃないな……。)


ハクヤは直感的にそう思った。


「冥土を潰したいって言ったな?」


「ああ。」


「だったら、話を聞いてやる。」


ガルツは微かに笑うと、森の奥へと歩き出した。


「ついてこい。お前が本気なら、話は早い。」


ハクヤは迷わず、彼の後を追った。


 新たな仲間——

冥土壊滅のための、最初の一歩がここに始まる。

ガルツの案内でハクヤは森の奥深くへと進んだ。

やがて、木々に囲まれた岩陰の先に、小さな集落が姿を現した。


 そこにはボロボロのテントや粗末な小屋が立ち並び、わずかな焚き火の明かりが人々の影を映し出していた。

——それは、冥土から逃げ延びた者たちの隠れ家だった。


「ここは……?」


「冥土の被害者たちが集まる場所ってところだ。」


ガルツが静かに言う。


「実験の適性が無く、使い捨てにされかけた者……兵士として育てられたが、逃げ出した者……家族を冥土に奪われた者……いろんな奴がいる。」


焚き火を囲む人々の顔には、深い傷跡や壊死した体の一部…苦しみに満ちた表情があった。

子供の姿もある。


「こんな……地獄みてぇなことが……。」


ハクヤの拳が無意識に握られる。

知らなかったわけではない。

だが、こうして目の前にすると、想像以上の現実が広がっていた。


「……誰かが来たぞ!」


警戒の声が上がり、隠れ家の住人たちが武器を手にする。

ハクヤは一瞬身構えたが、ガルツが手を上げて制した。


「おうおう、落ち着けお前ら。紹介する、こいつはハクヤ。冥土を壊滅させるつもりでいる。」


ざわめきが広がる。

その時——


「……冥土の兵士だったくせに?」


冷たい声が響いた。

ハクヤが声の方を向くと、焚き火の前に立つ少女の姿があった。


ハクヤと同い年くらいの少女——?

細身だがしなやかな体つき、肩まで伸びた銀色の髪、そして……青い瞳。

その瞳は、怒りとも憎しみともつかない感情を宿していた。


「お前は?」


「……ボク?ボクはレイラ。」


少女はじっとハクヤを見つめる。


「ボクは冥土の『実験体』だった。君みたいな兵士に追われて、生き延びたんだ。」


ハクヤの胸がざわついた。

冥土の兵士として、自分が何をしてきたか。

目を背けたい記憶が蘇る。


「……お前は、俺を恨んでいるのか?」


「さぁね。でも、冥土を潰したいっていうなら……」


レイラはゆっくりとハクヤに歩み寄り、間近で睨みつけた。


「証明してみせてよ。」


「証明?」


「冥土の兵士だった君が、本当に冥土を憎んでいるなら。」


レイラは焚き火の炎を映した瞳で、ハクヤを試すように見つめた。


「ボクたちと一緒に、戦ってみせてよ。」


その言葉に、ハクヤは静かに息を吐いた。


「……ああ、俺は冥土を潰す。」


「だったら——」


レイラは初めて、小さく笑った。


「少しは信用してあげる。」


ハクヤは彼女を見つめながら、強く誓った。

エイゼを救い出す。

冥土を潰す。

そして、この亡霊たちのように、自由を奪われた者たちを解放する——。

新たな戦いが、ここから始まる。


「——誰かが近づいてくる!」


レイラの鋭い声に、周囲の人々が一斉に身構えた。

ハクヤも反射的に剣に手をかける。

次の瞬間、森の奥から、重い足音が響いた。


——ガサッ、ガサッ……。

人の歩く音ではない。

四つ足か、それに近い何か——。


「待て!」


ガルツが静止する。


「あいつは敵じゃねぇ。」


すると、暗闇から現れたのは——

大柄な体躯を持つ『獣人』だった。


人の形をしているが、腕や脚は通常の人間よりも長く、指先には鋭い鉤爪が覗く。

背中には荒々しい灰色の毛が生え、頭には獣の耳がピクリと動いていた。

そして何より、光を反射する黄色い狼の瞳が、不気味なほど鋭く光っている。


ハクヤは思わず剣を抜きかけたが、ガルツが手で制した。


「やめとけ、ハクヤ。そいつは仲間だ。」


「……仲間、か。名前は?」


ハクヤが尋ねると、獣人はゆっくりと口を開いた。


「……ザハークだ。」


その声は低く、喉の奥で響くようだった。


「……俺は、冥土の実験によってこうなった。『戻れなくなった』んだ。」


ハクヤはザハークの体を見つめた。

筋肉質で獣のように発達した腕、異常なまでに鋭い牙。

明らかに、普通の人間ではない。


「お前も、冥土の被害者なのか。」


「……ああ。」


ザハークは苦々しげに笑う。


「……俺は元々、人間だった。だが、冥土の実験で“人狼”としての血を埋め込まれた。」


「人狼?」


「……本来なら、実験は『変身能力を与える』ものだったらしい。だが……失敗作は、こうなる。」


ザハークは自分の大きな爪を見つめた。


「……変身じゃない。これは『固定』だ。」


「元に戻れないのか?」


「……何度試してもな。もう、俺はずっとこの姿のままだ。」


ハクヤは拳を握った。

冥土が行っていた非道な実験。

その犠牲となった者が、目の前にいる。


「ザハーク。お前は、冥土を恨んでいるのか?」


「……当然だ。」


ザハークの獣の瞳が、怒りに燃える。


「……俺はもう『人』には戻れない。……だから、せめて冥土をぶっ潰したい。」


その言葉に、ハクヤは静かに頷いた。


「なら、お前も仲間だな。」


「……。」


 ザハークは一瞬、驚いたようにハクヤを見つめた。


「俺の仲間になってくれ。冥土を壊滅させる。そのために、お前の力を貸してほしい。」


ザハークは短く鼻を鳴らし、ゆっくりと笑った。


「……変な奴だな。冥土の兵士だったくせに。」


「今の俺は違う。冥土を潰す側の人間だ。」


「……なら、いい。」


ザハークは腕を組み、炎に照らされる自らの獣の影を見つめた。


「……どうせ、この姿のままじゃ普通の世界には戻れない。だったら、冥土の奴らを地獄に突き落としてやりたいところだな。」


レイラが腰に手を当てて頷く。


「いいじゃん、力強い味方が増えたね!」


「おうよ、面白くなってきたな。」


ガルツも口元を歪めた。

 こうして、ハクヤのもとにまた一人、強力な仲間が加わった。

それぞれの憎しみを抱え、冥土に立ち向かう者たち——。

 そして、エイゼを救うための戦いが、さらに激しさを増していく。

冥土から脱走したハクヤは、ガルツ、レイラ、ザハークと共に旅に出ることを決意した。


目的は二つ。

——エイゼを救うこと。

——冥土を壊滅させること。

そのためには、さらなる仲間と情報が必要だった。


 夜の森。焚き火の炎が、揺らめく影を地面に落とす。

ハクヤは剣の刃を研ぎながら、考え込んでいた。


「なぁハクヤ、これから、どうするつもりだ?」


ガルツが静かに問いかける。

元冥土の兵士でありながら、今はその組織を憎み、ハクヤたちに協力している男。

戦闘経験豊富で、知識もあるが、その表情はいつも冷静だった。


「まずは……冥土の本拠地についての情報を集める。」


ハクヤは答える。


「冥土は表向きは“奉仕団体”として活動しているが、その裏では兵器開発と人体実験を続けている。ただ、組織が巨大すぎて、今の俺たちだけじゃどうにもならない。」


「なら、どうするの?」


レイラが口を挟む。

青い瞳が焚き火の炎に反射して、不機嫌そうに輝いた。


「仲間を探す。冥土に恨みを持つ者は俺たち以外にもいるはずだ。」


「……。」


ザハークが黙って聞いていたが、やがて低い声で呟く。


「……なら、北の“灰獣の里”へ行くといい。」


「灰獣の里?」


ハクヤが眉をひそめる。


「……ああ。俺が実験体として作られる前にいた場所だ」


ザハークは自らの毛むくじゃらの腕を見つめる。


「……そこには、俺みたいに“獣人化”させられた連中がいる。元は人間だったが、冥土の実験で半獣になり、世間から追われた奴らの隠れ里だ。」


「彼らも冥土を恨んでいるのか?」


「……当然だ。」


ザハークは唇を歪めた。


「……冥土のやつらは『実験が成功しなかった』とか言って、俺たちを廃棄した。多くの仲間が処分され、生き延びた者たちは逃げた……だが、行く当てもなく、結局“灰獣の里”に集まるしかなかったんだ。」


「つまり、そこに行けば冥土に恨みを持つ奴らがいるってわけだね。」


レイラが腕を組みながら呟く。


「だが、そう簡単に仲間になってくれるのかぁ?」


ガルツが慎重に問うた。


「……わからん。」


ザハークは低く唸る。


「……だが、俺が生きて戻ったことを知れば、話を聞いてくれるかもしれない。」


ハクヤはしばらく考えた後、決断する。


「よし。まずは“灰獣の里”を目指す。」


「賛成!」


レイラが微笑む。


「冥土を潰すためなら、どんな力でも必要になるからね。」


「……俺も構わん。」


ガルツは短く頷いた。


「なら決まりだな。」


ハクヤは焚き火に剣をかざし、その刃に炎を映した。


「行くぞ。エイゼを救い、冥土を潰すために——。」


 こうして、ハクヤたちは北を目指し、新たな仲間を求めて旅立つ。

彼らの戦いは、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ