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焔翼のグリフォン  作者: いねの
第二部 東の国 第1章 継ぎ接ぎの影
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空腹のクノイチ

 帰り道、竹の葉が風にこすれ、土の道に日のまだらが落ちる。静けさのなか――


ぐぅぅぅぅ……。


腹の音が、見事に響いた。全員が同時にイブキを見る。


「おい、クノイチは腹の音も消せるんじゃないのか?」


ハクヤが苦笑する。


「それとこれは別……なんかすっごくお腹空いたぁ……。」


イブキはお腹を押さえて、へろへろと肩を落とした。


「山菜でも採って食うか?それとも川で魚でも釣るか?」


「ん〜〜お腹空いたお腹空いたぁ〜!山菜より魚より、ラーメンが食べたいよぉ〜!」


「ラーメン?」


エイゼが首を傾げ――すぐに指をさした。


「あれのことか?」


道の先、赤い提灯が一つ。車輪つきの屋台がとことこ押され、チャルメラが「ピロロロ〜」と気の抜けた笛を鳴らしている。湯気と醤油の香りが、風にまじって漂ってきた。


「うーん、このチャルメラの音〜!これは確実に、ラーメンの気配……!!」


イブキは鼻をくんくん、目が星みたいにきらきらする。


「お前、腹減ってる割には元気じゃねぇか。」


「チャルメラの音は元気の源なの〜!」


「なんだよそれ。」


ハクヤは肩をすくめたが、口元は笑っている。


次の瞬間、イブキは走った。提灯の明かりの下へ滑り込むと、屋台のおっちゃんに両手を掲げる。


「おっちゃーん!ラーメン七丁!!」


「へい七……って七丁!?」


白い鉢巻の店主が目をむいたが、すぐににやりと笑う。


「上等、若いのは食ってナンボだ!」


後ろから追いついたエイゼが額に手を当てる。


「想定外の出費だ……。」


と小さな財布袋を出すと、店主が手を振った。


「いいっていいって。昨夜の騒ぎな、皆まで言うな。……助かったよ。」


店主は声を落とし、湯切りの音を立てる。


「俺ァ商売人だ。礼は、うまい一杯で返す。」


湯気がたちのぼる。大鍋から上がる麺を店主がリズムよく湯切りし、透き通った醤油色のスープにするりと泳がせる。刻み葱、メンマ、なると一枚、海苔がぱたん。縁をまたいで香りが鼻をくすぐった。


「はいよ、まず三つ!」


手前に並んだ丼を、イブキが両腕で抱えそうな勢いで受け取り、ぴょんと丸椅子に座る。


「いただきますっ!」


ずずずっ――猛烈な勢いで啜る。目尻がとろけた。


「……しあわせ。」


ハクヤも箸を取る。湯気の向こう、琥珀色のスープをひと口。醤油の香ばしさに鶏の旨味が重なり、疲れた体にまっすぐ落ちていく。


「……悪くないな。」


短い言葉に、店主が肩をすくめる。


「ほめ言葉と受け取っとくぜ。」


レイラはふうふう冷ましながら、慎重に啜る。熱さに目を丸くして笑った。


「はふっ……おいしい……!」


ザハークはフードの陰で静かに麺を持ち上げ、音を立てずにするすると収める。獣の耳が、満足そうにわずかに傾いた。


「おっちゃん、悪いが替え玉はあるか?」


ガルツがすでに丼の底をのぞいている。


「あるとも。働く体は食わせて太らせろってな!」


店主が手を止めずに笑う。


アビスはスープをなめるように味わい、目を細めた。


「塩気の奥に、干し椎茸……かな。いい出汁だね。」


「お、舌のいい兄ちゃんだ。」


店主が親指を立てる。


「遠くから来たろ。腹、置いてけ。」


最後に差し出された丼を受け取り、エイゼも黙って箸を割った。啜る音は短く、所作は無駄がない。ひと息で麺を半分まで減らし、湯気の向こうで目を細める。その横でイブキが二杯目のスープまで飲み干し、丼を頭上に掲げた。


「おっちゃん、幸せ、ここに在り!」


「はいはい、替え玉一丁追加!」


笑いがこぼれ、湯切りの音が重なる。屋台の端で、店主が小さな包みをいくつか差し出した。油紙に包んだ干し麺と、粉末のスープだし。


「道中用に持っていきな。塩がわりにちょいと入れれば、どこでもヒナモト味だ。」


「代金は払う。」


エイゼが包みを受け取り、財布袋を差し出す。


「なら半分でいい。」


店主は首を振る。「昨夜の“恩”がのこってる。帳尻は、そのうち合う。」


エイゼは一拍おいてから、きちんと頭を下げた。


「借りは、必ず返す。」


腹が満ちると、世界の輪郭が少しだけやわらいだ。空は高く、竹の葉はあいかわらず擦れ合っている。チャルメラがもう一度「ピロロロ〜」と鳴って、風に乗る。


「さて。」


ハクヤが立ち上がる。


「戻るか。」


「押忍!」


イブキが元気よく返事をする。先ほどの泣き顔は消え、笑顔が光った。


「走るな。……腹がよじれる。」


エイゼが小さくため息をつき、包みを丁寧に背へしまう。


「はいはい、隊長〜!」


イブキは舌を出して笑い、すぐに皆の歩調に合わせた。


屋台の灯が小さくなる。提灯がふっと揺れ、店主が大きく手を振る。


「達者でなー!また腹空かせて来いよ!」


七つの背中は、竹の影と光のまだらへ溶けていった。満ちた腹と、軽くなった心。次に向かうべき道は、もう全員の足の裏に刻まれている。

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