空腹のクノイチ
帰り道、竹の葉が風にこすれ、土の道に日のまだらが落ちる。静けさのなか――
ぐぅぅぅぅ……。
腹の音が、見事に響いた。全員が同時にイブキを見る。
「おい、クノイチは腹の音も消せるんじゃないのか?」
ハクヤが苦笑する。
「それとこれは別……なんかすっごくお腹空いたぁ……。」
イブキはお腹を押さえて、へろへろと肩を落とした。
「山菜でも採って食うか?それとも川で魚でも釣るか?」
「ん〜〜お腹空いたお腹空いたぁ〜!山菜より魚より、ラーメンが食べたいよぉ〜!」
「ラーメン?」
エイゼが首を傾げ――すぐに指をさした。
「あれのことか?」
道の先、赤い提灯が一つ。車輪つきの屋台がとことこ押され、チャルメラが「ピロロロ〜」と気の抜けた笛を鳴らしている。湯気と醤油の香りが、風にまじって漂ってきた。
「うーん、このチャルメラの音〜!これは確実に、ラーメンの気配……!!」
イブキは鼻をくんくん、目が星みたいにきらきらする。
「お前、腹減ってる割には元気じゃねぇか。」
「チャルメラの音は元気の源なの〜!」
「なんだよそれ。」
ハクヤは肩をすくめたが、口元は笑っている。
次の瞬間、イブキは走った。提灯の明かりの下へ滑り込むと、屋台のおっちゃんに両手を掲げる。
「おっちゃーん!ラーメン七丁!!」
「へい七……って七丁!?」
白い鉢巻の店主が目をむいたが、すぐににやりと笑う。
「上等、若いのは食ってナンボだ!」
後ろから追いついたエイゼが額に手を当てる。
「想定外の出費だ……。」
と小さな財布袋を出すと、店主が手を振った。
「いいっていいって。昨夜の騒ぎな、皆まで言うな。……助かったよ。」
店主は声を落とし、湯切りの音を立てる。
「俺ァ商売人だ。礼は、うまい一杯で返す。」
湯気がたちのぼる。大鍋から上がる麺を店主がリズムよく湯切りし、透き通った醤油色のスープにするりと泳がせる。刻み葱、メンマ、なると一枚、海苔がぱたん。縁をまたいで香りが鼻をくすぐった。
「はいよ、まず三つ!」
手前に並んだ丼を、イブキが両腕で抱えそうな勢いで受け取り、ぴょんと丸椅子に座る。
「いただきますっ!」
ずずずっ――猛烈な勢いで啜る。目尻がとろけた。
「……しあわせ。」
ハクヤも箸を取る。湯気の向こう、琥珀色のスープをひと口。醤油の香ばしさに鶏の旨味が重なり、疲れた体にまっすぐ落ちていく。
「……悪くないな。」
短い言葉に、店主が肩をすくめる。
「ほめ言葉と受け取っとくぜ。」
レイラはふうふう冷ましながら、慎重に啜る。熱さに目を丸くして笑った。
「はふっ……おいしい……!」
ザハークはフードの陰で静かに麺を持ち上げ、音を立てずにするすると収める。獣の耳が、満足そうにわずかに傾いた。
「おっちゃん、悪いが替え玉はあるか?」
ガルツがすでに丼の底をのぞいている。
「あるとも。働く体は食わせて太らせろってな!」
店主が手を止めずに笑う。
アビスはスープをなめるように味わい、目を細めた。
「塩気の奥に、干し椎茸……かな。いい出汁だね。」
「お、舌のいい兄ちゃんだ。」
店主が親指を立てる。
「遠くから来たろ。腹、置いてけ。」
最後に差し出された丼を受け取り、エイゼも黙って箸を割った。啜る音は短く、所作は無駄がない。ひと息で麺を半分まで減らし、湯気の向こうで目を細める。その横でイブキが二杯目のスープまで飲み干し、丼を頭上に掲げた。
「おっちゃん、幸せ、ここに在り!」
「はいはい、替え玉一丁追加!」
笑いがこぼれ、湯切りの音が重なる。屋台の端で、店主が小さな包みをいくつか差し出した。油紙に包んだ干し麺と、粉末のスープだし。
「道中用に持っていきな。塩がわりにちょいと入れれば、どこでもヒナモト味だ。」
「代金は払う。」
エイゼが包みを受け取り、財布袋を差し出す。
「なら半分でいい。」
店主は首を振る。「昨夜の“恩”がのこってる。帳尻は、そのうち合う。」
エイゼは一拍おいてから、きちんと頭を下げた。
「借りは、必ず返す。」
腹が満ちると、世界の輪郭が少しだけやわらいだ。空は高く、竹の葉はあいかわらず擦れ合っている。チャルメラがもう一度「ピロロロ〜」と鳴って、風に乗る。
「さて。」
ハクヤが立ち上がる。
「戻るか。」
「押忍!」
イブキが元気よく返事をする。先ほどの泣き顔は消え、笑顔が光った。
「走るな。……腹がよじれる。」
エイゼが小さくため息をつき、包みを丁寧に背へしまう。
「はいはい、隊長〜!」
イブキは舌を出して笑い、すぐに皆の歩調に合わせた。
屋台の灯が小さくなる。提灯がふっと揺れ、店主が大きく手を振る。
「達者でなー!また腹空かせて来いよ!」
七つの背中は、竹の影と光のまだらへ溶けていった。満ちた腹と、軽くなった心。次に向かうべき道は、もう全員の足の裏に刻まれている。




