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焔翼のグリフォン  作者: いねの
第二部 東の国 第1章 継ぎ接ぎの影
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追悼の儀

 翌日。風にほどけた花びらが、道場の庭砂に淡い円を描いていた。奥の広間には白布を掛けた卓が据えられ、その上に小さな遺灰壺と、包んだ首輪が並ぶ。香の煙がまっすぐ立ちのぼり、鈴の音が一度、澄んで消えた。


師範が短く合掌し、静かな読誦が流れる。人々はそれぞれのやり方で頭を垂れ、手を合わせた。ハクヤたちも列の端で深く息を整え、掌を合わせる。レイラは目を閉じ、アビスはまぶたを伏せ、エイゼはただ前を見て動かない。ザハークの耳は寝かされ、ガルツは手を胸に当てた。


式が落ち着くと、クロウ・カスミがひとつ前へ出て、低い声でハクヤに囁く。


「よくやった、旅の者ハクヤ。……これでヒナモトの時代は少し動く。オオヤマの裾の施設は、我々が処分しておく。……あとは、あの娘をどうするか、だな。」


ハクヤは小さく頷き、視線だけで隣室の影を追った。畳の角、柱の陰。イブキが膝を抱え、ずっと俯いたまま動かない。周りの気配が薄らぐのを待って、彼はそっと近づく。


「……イブキ。」


呼べば、肩がわずかに震え、濡れた睫毛が上がる。真っ赤な目。言葉を選ぶ間、桜の花びらが一枚、畳に落ちた。


「我慢はするな。」


それだけ告げて、ハクヤは慎重に腕を回した。強くも弱くもない、逃げ場のある抱きしめ方で。次の瞬間、イブキは子どものように胸元へ顔を埋め、堰を切ったように泣き声を上げた。


広間からは読誦の余韻がまだ漂っている。風が障子を撫で、花びらがいくつかまた滑り込む。ミカヅキ道場は、その泣き声を拒まず受け止め、静かに響かせた。


やがて泣き疲れたのか、イブキの呼吸がようやく落ち着いた。袖で目元を乱暴に拭くと、彼女は一歩だけ下がって、いつもの調子を取り戻そうとするみたいに口角を上げた――が、上げきれない。


「……ありがと。」


「礼はいらない。」


ハクヤは首を振る。


「泣くのは大事だ。次に進むための、準備だ。」


そこへ畳をわずかに軋ませて、師範が現れた。背筋はまっすぐ、声は低い。


「イブキ。」


「……おじいちゃん。」


「行き先は、もう決めた顔だな。」


イブキは小さく頷いた。師範は懐から布包みを取り出し、彼女の前に置く。包みの中には、刃文に細い三日月が浮く短刀。道場の印だ。


「道場の名を貸す。だが二つ、持って行け。“礼を違えるな”“弱きを切るな”。これだけ守れば、あとはお前のやり方でよい。」


イブキは歯を食いしばって深く頭を垂れた。


「……押忍。」


師範はそれ以上言わずに踵を返し、障子の向こうへ消えた。去り際にただ一度だけ、孫娘の肩に目を留める。そのまなざしが「帰ってこい」と言っていた。


広間に戻ると、香煙はまだ細く立っている。クロウが柱の陰から現れ、ハクヤたちに向けて手短に告げた。


「施設の処分は手配した。役人にも“表の理由”を渡す。だが冥土はしぶとい。しばらくは目が増える。」


クロウは卓上に小さな木札を四枚置く。三日月をかたどった刻印。


「ヒナモト国内の連絡印だ。紙灯籠の白は安全、紅は撤退。港と峠に協力者を置いた。必要なら使え。」


「恩に着る。」


エイゼが受け取り、懐にしまう。


「それと。」


クロウは視線をイブキへ移した。


「娘。お前が外に出るなら、ここは二タカに任せろ。……迷ったら戻れ。戻る場所を捨てるな。」


「わかってる。」


イブキは胸の前で軽く拳を合わせた。


「最強のクノイチ、行ってきます。」


そう言いながら、彼女の声にはまだ少しだけ震えが残っていた。それでも、その震えは前へ進むためのものに見えた。



昼下がり、町は静かだった。門前まで見送りに出た人々が、道の両側に控えめに並ぶ。誰も声を張らない。ただ手を合わせ、頭を下げる。道場の庭からは、まだ薄く桜の花びらが風に乗ってくる。


「……行こう。」


ハクヤが言うと、全員が頷いた。エイゼは短く


「北へ戻る、拠点で体勢を立て直す。」


と確認し、ガルツは背の荷を締め直す。レイラは肩にかけた袋の口を確かめ、ザハークは風下へ鼻を向けた。アビスは最後尾で人波を振り返り、静かに目礼する。


門を出る直前、イブキが立ち止まった。広間の卓に置かれた遺灰壺に目をやるような仕草で、空を見上げる。


「シドウ。あたし、行くよ。約束は――あたしが連れて帰る形で、果たすから。」


返事のかわりに、風が暖かく頬を撫でた。彼女は前を向き直り、軽く跳ねるように皆の列へ戻る。


町を離れると、道は竹林へ入っていく。葉の擦れる音が、次の旅の始まりに合図を打つ。坂をひとつ越えたところで、ハクヤは振り返り、遠くの屋根並みを一瞬だけ見た。


「忘れない。」


小さく、誰にも聞こえない声で言う。


「一人の犠牲も、名も。」


エイゼが隣で歩調を合わせ、低く続けた。


「名を呼べる限り、人は“物”にならない。……だから名で呼べ。」


ハクヤは頷く。


道は西へ折れ、やがて北へと向きを変える。雲は薄くちぎれ、陽が差し、山肌の緑が明るさを取り戻していく。背中を押す風は、もう冬の色をしていなかった。


ヒナモトで得たもの――仲間、印、そして忘れてはならない名。すべてを荷に収め、ハクヤたちは灯の寮を目指して歩き続けた。戻る場所で次の策を練るために。そして、冥土の“物作り”を人の手で終わらせるために。

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