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焔翼のグリフォン  作者: いねの
第二部 東の国 第1章 継ぎ接ぎの影
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町中の継ぎ接ぎ

 山裾に落ちる雨脚が、ふいにひときわ強くなった。稲光が雲の腹を裂き、間をおかず遅れて山が唸る。

 その一瞬――オオヤマの麓に埋まった施設の“目”が、まとめて暗くなった。保安灯が揺れ、監視のモニタが砂嵐に沈む。麻酔の自動投与が遅れ、鍵の制御がわずかに噛み外れる。


隔離房の奥で、四肢を継ぎ接いだ影が、頭をもたげた。

獣とも鳥とも定まらぬ首が伸び、首輪の金属が低く鳴る。

――S001。鵺。

檻のひずみを一度、二度、三度と確かめ、次の瞬間、全身でぶつかった。強化ガラスの支柱が歯をきしませ、錠が跳ねる。開いた隙間に肩をねじ込み、肉を裂いてでも外へ。

鳴き声が走る。濁って、短く、消える叫び。鵺は通路を四足で駆け、天井の通風口を裂き、夜気へ躍り出た。

目指す先は、訓練で刷り込まれた方角――灯の多い場所。人のにおいの濃い場所。


 *


 雨煙る山道を、ハクヤたちは寮へ向けて下っていた。竹の葉がざわめき、石段に水が筋を作る。

そのとき、ザハークの耳がぴんと立つ。


「……来る。上からだ。」


かすれた鳴きが雨の層を破り、谷をくぐって届いた。エイゼがすぐに顔を上げる。


「声の方角は町だ。」


次の瞬間、瓦が割れる乾いた音が続けざまに重なった。暗い山あいの向こう、ヒナモトの町の屋根並みに、黒い影が線を描いて走っていくのが見えた。紙灯籠が一つ、また一つ落ち、悲鳴が風に乗る。


「鵺だ、脱走したのか……!」


ハクヤは息を短く整え、決めた。


「追うぞ、何としてでも止める。町の人々の命優先だ――仕留めるしかない。」


言い切った声に、イブキの喉がきゅっと鳴る。それでも、彼女は頷いた。

一行は駆けた。雨脚が背を押す。アビスが先行して影の継ぎ目を拾い、ザハークは四つ足の姿勢に体を落とす。エイゼはまだ刃だけを握り、ガルツは肩にショットガンを担ぐ。レイラは杖を短く持ち替え、走りながら息を整えた。


町に入る。醤油の焦げる匂いと、濡れた木の匂いが混じる。瓦の上を、継ぎ接ぎの影が疾駆する。四肢がばらばらに速く、肩から崩れかけの羽根が雨に貼りついて、瓦を滑らせる。

鵺が屋根から屋根へ飛ぶたび、瓦が空へ跳ねた。軒先の鈴がばらばらに鳴き、人の叫びが交じる。


「避難ーっ!家の中ぁ、戸を閉めてぇ!」


イブキが拍子木を打ち、道場で叩き込まれた声で裏通りに叫ぶ。顔見知りがその声で戸を閉め、裏木戸の閂が一斉に落ちる。

通りが一本、がらんと空いた。


「ここで止める。」


ハクヤが立ち位置を決める。狭い路地、頭上に洗い張りの白布。正面の屋根と屋根の間へ鵺が踏み込む軌道――そこへ、イブキが素早く白糸を二本、斜めに張った。

アビスは路地の影に溶け、両手のナイフを逆手に下げる。ザハークは反対側の屋根へ回り込み、肩で息を一度整えてから、手すりを蹴って飛び上がった。雨が筋になって耳を流れる。


「ガルツ、初弾は頭じゃない、脚を撃て。レイラ、後ろの人を下げて、転んだら引き上げろ。」


「了解。」


エイゼは鵺が飛び込むであろう屋根の端、ちょうど落下の“受け”になる位置へ身を置いた。逆手の刃が雨を吸う。


鵺が来た。しなるように屋根から屋根へ。赤い目が一瞬こちらを見て、また逸れる。

張った白糸が、濡れた前脚に絡む。鵺の体勢が崩れ、瓦とともに落ちる――そこへ、ガルツのショットが二連。散弾が石畳に火花を散らし、鵺の前脚をはじく。


着地の瞬間を、エイゼが逆手の刃で狙った。切っ先は喉ではなく、首輪の金属へ――甲高い火花だけが散り、刃はわずかに跳ねた。

鵺の尾のようなものがしなってエイゼの肩を薙ぐ。衣が裂け、肉が浅く開く。すかさずレイラが飛び込み、布で押さえて止血しながら、エイゼの背を押して前へ戻した。


「エイゼ、立てるか!」


 ハクヤが正面から入る。刃と刃ではない――人と獣。その間合いを、自分の剣の長さに合わせて縮める。鵺の肩から肩へ、継ぎ目の弱さを探る。

鵺が咆哮を上げた。瓦の破片が飛ぶ。ハクヤは一枚の破片を靴の外側で弾き、そのまま踏み込んで斜めに切り上げる。刃は肩の継ぎ目に噛み、黒い血が雨に溶けた。


影からアビスが抜ける。鵺の後脚の腱へ、短い刃を二度、低く入れて離脱。返す逆手で首輪の台座に打突――金属音。

 ザハークが屋根から飛び降り、獣の体で背から押さえ込む。四肢同士が絡みあう。牙と牙、筋肉と筋肉。雨で滑る瓦が次々と落ち、狭い路地が瓦礫で埋まる。


「行け、ハクヤ!」


エイゼの声。ハクヤは喉の奥で息を一つ噛み切り、鵺の胸の前、骨の隙間へ剣先を向ける。

そのときだ。鵺の喉から、さっき山裾で聞いたのと同じ、かすれた音が零れた。


「……イ……ブ……。」


イブキの身体が一瞬だけ止まる。指の間のクナイが汗で滑りそうになる。

だが、彼女は歯を噛んだ。自分で自分の足を蹴るみたいに、前へ出る。


「――シドウでも、鵺でも、今は止めるしかない!」


叫ぶや、彼女は手元の煙玉を石畳に転がし、白い煙で鵺の視界を一瞬奪う。ハクヤの剣が迷いなく前へ入る。

ガルツが散弾の角度を変え、足元だけを狙い続ける。レイラは転んだ近所の老人を抱えて戸口へ押し込み、振り返りざまに杖で鵺の額を一撃、目を逸らさせる。


雨の町に、鋼と骨と息の音が交錯した。

紙灯籠の炎が揺れ、白布の洗い張りが裂け、桜の若葉が雨に打たれる。

鵺は屋根へ逃れようとして、絡んだ白糸にまた脚を取られる。ザハークが背中で押し留め、エイゼが首輪の金具に再び刃を叩き込む。

金属が悲鳴を上げ、刻印の「S001」が一瞬だけ歪んだ。


「今だ、落とすぞ!」


ハクヤの号令に、全員の力がひとつに重なった。

町のど真ん中での戦いは、いま、決着へ向けて加速する――。

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