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焔翼のグリフォン  作者: いねの
第二部 東の国 第1章 継ぎ接ぎの影
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鵺の行方

 夜の冷たさがようやく抜けはじめる頃、東の空が薄く明るんだ。竹の葉から露が落ちる小さな音が、道の端々で弾ける。


一行に、ひとり影が増えた。イブキだ。紫の装束に腰の小袋、足取りは軽いが、目は真面目だ。


「ここから先は山の裏道だよ。人が踏まない獣道。」


先頭のハクヤが小さくうなずく。出発前、エイゼが皆を見回して言った。


「約束を確認する。――必ず名で呼ぶこと。撤退は恥ではない。指示は私、異論は後。以上。」


「了解!」


エイゼは細い白布を一本、イブキの手首に巻いた。


「“灯の印”だ。これを見れば、戻る場所を思い出す。迷った時の目印にしろ。」


「ありがと。大事にする。」


竹林へ入ると、湿り気を含んだ空気がひやりと頬を撫でた。道はじきに細くなり、獣の踏み跡に変わる。ザハークが風下へ半歩寄って鼻を利かせる。


「……鉄と樟脳。人の匂いは遠い。かわりに……獣の匂いが二つ、三つ。重なってる。」


「一匹で、複数の匂い?」


レイラが小声で返す。ザハークは短く頷いた。


「……形が定まらない。嫌な感じだ。」


やがて、崩れかけの茶屋跡が見つかった。庇だけが残り、裏は低い崖に寄りかかっている。休憩にちょうどいい。


「一息いれて、段取りを詰めっぞぉ。」


ガルツは柱と柱の間に極細の糸を張り、触れれば指にだけ震えが伝わる簡易警戒を作る。レイラは包帯と止血帯の位置を再確認。アビスは崖上の見張りに回り、ザハークは風の筋を三度確かめた。


イブキが庇にするりと上がり、前方を覗いて囁く。


「この先で沢が二股。右は滝、左はぬかるみ。鵺が居るなら、右だと思う。声が響くから。」


ちょうどそのとき、森の奥から短い鳴きがした。猫のようで、鹿の子のようで、どこか人の嗄れ声に似ている。ひゅう、と風に千切れて消えた。


「……聞こえた。」


ハクヤがうなずき、土間に指で簡単な地図を描く。沢、分岐、滝。伏せ位置と退路。エイゼが風向きの矢印を添え、ザハークが「鼻」の線を入れる。アビスは影の濃い場所を点で印し、レイラは負傷時の運搬ルートを別線で示した。イブキは自分の動きをその間へ滑らせていく。


「イブキ。」


ハクヤが布の奥から名を呼んだ。


「お前は先行偵察。滝の手前、三本目の杉に印をつけろ。そこから中へは入るな。合図は二回。戻りが遅れたら置いていく。」


「了解!すぐ戻る!」


影がひとつ、音もなく森へ消えた。


十分ほどで風と一緒に戻ってくる。膝をついたまま、小声で報告した。


「いた。滝壺の脇の岩穴。入口は低いけど中は広い。足跡は……全部バラバラ。木の根に噛み付いたような跡もあった。」


アビスが唇を引き結ぶ。


「そいつは、勇気がいるな。」


ガルツが舌打ちしつつも、工具袋を漁りながら対策できる道具を探している。


「先頭は俺が行く。」


ハクヤが即答し、反対は出ない。エイゼが手短に配置を決める。


「二番手は私、三番手アビス、四番手ザハーク。最後尾はガルツ。レイラは入口の少し手前で引き上げ準備。イブキは穴の上で見張り。――飛び込むな。引けと言ったらその場で離脱。」


「了解!」


 イブキの返事は明るいが、顔つきはもう仕事のそれだった。


 日が傾く。森の色が濃くなり、沢の音が近づく。滝の霧が細かく頬に触れた。


見えてきた。岩肌の裂け目。中から、浅く速い息の音。ひゅう、とかすれた鳴き。続いて、低い唸り。


「……いる。」


ザハークが囁く。ハクヤは短く深呼吸をし、布の内側で目を開けた。柄に手が馴染む。足裏が土の傾きを掴む。


エイゼが小さく顎で示す。


「行け。」


『灯の印』を巻いた手首が最初の一歩を刻む。イブキは岩陰で身を薄くし、息を止める。


滝壺の白い霧の向こうで、影が身じろぎした。猫でも猿でも犬でもない。肩の線は途中で変わり、背の毛並みも場所ごとに違う。形は、継ぎ接ぎだ。


鵺の巣へ――

一行は静かに、闇の入口へ踏み込んだ。

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